
第2回|SAQだけでは足りない――サステナブル調達を止める5つの壁
臼井 健一
サステナブル調達最大の課題は「調査不足」ではない
前回は、国内大手企業の公開情報から、4つの業界におけるサステナブル調達の現在地を見た。
業界によって強みは異なる。
しかし分析をさらに進めると、ほぼすべての業界に共通する課題が浮かび上がる。
その中心にあるのが「分断」である。
SAQは行っている。
監査制度もある。
人権方針もある。
Scope 3も算定している。
それでも、それぞれが別々の活動として存在していれば、サプライチェーンリスクを実際に減らす仕組みにはならない。
結論を先に言えば、
“サステナブル調達最大の課題は、評価することではなく、評価後のアクションまでつながっていないことである。”
壁1|Tier2以降が見えない
最も大きな課題の一つが、Tier2以降の可視化だ。
Tier1に対して、
「自社だけでなく、貴社の取引先にも当社の方針を展開してください」
と求める企業は増えている。
しかし「展開を要請すること」と「実態を把握すること」は違う。
特に建設、素材、鉱物、電子部品、原材料などでは、重大な人権・環境リスクがTier2、Tier3、さらに上流で発生する可能性がある。
すべてのサプライチェーンを無制限に追跡することは現実的ではない。
だからこそ必要なのがリスクベース・アプローチだ。
国・地域、品目、労働集約度、原材料、契約形態、代替困難性などから優先領域を定める。
「すべてを見る」のではない。
“「見るべきところを深く見る」のである。”
壁2|SAQから是正までが切れている
サステナブル調達でもっとも一般化したツールの一つがSAQ、Self-Assessment Questionnaireである。
しかし、SAQには大きな落とし穴がある。
回答率が高いこと自体を成果にしてしまうことだ。
100社中95社が回答した。
前年より回答率が上がった。
それ自体は重要である。
しかし経営が本当に知りたいのは、その先ではないだろうか。
何社を高リスクと判定したのか。
どのようなリスクが見つかったのか。
改善計画を何社と策定したのか。
期限内に何社が改善したのか。
未改善案件をどう扱ったのか。
ここまで追跡できて初めて、SAQはリスクマネジメントになる。
つまり管理すべきKPIは、
「SAQ回答率」だけではなく、
“「高リスク案件の是正完了率」へ進化させる必要がある。”
壁3|Scope 3が「推計」で止まる
脱炭素でも同じ問題が起きている。
Scope 3、とりわけ購入した製品・サービスに伴う排出量を把握する場合、初期段階では支出額や業界平均値などを使った推計が有効だ。
しかし調達施策として排出削減へつなげるためには、それだけでは限界がある。
例えばサプライヤーA社が設備更新によって排出量を20%削減しても、平均原単位を使って計算していれば、その改善が調達企業のScope 3へ十分に反映されない可能性がある。
次に必要になるのがサプライヤー固有の一次データだ。
しかし、
「来年度からGHGデータを提出してください」
と通知すれば解決するわけではない。
特に中小企業では、算定担当者、知識、システム、人員が不足することがある。
そのため先進的な取り組みでは、算定方法の教育、標準ツールの提供、削減目標策定、再生可能エネルギー導入などをサプライヤーと共同で進め始めている。
これは重要な転換だ。
“サプライヤーへの要求から、サプライヤーの能力開発へ。”
Scope 3は調達部門のサプライヤーエンゲージメント能力を試すテーマになっている。
壁4|「窓口がある」と「救済できる」は違う
人権デュー・ディリジェンスでは、苦情処理・救済メカニズムも重要な要素となる。
多くの企業が内部通報窓口や相談窓口を整備している。
だがサプライチェーン全体で考えると、より難しい問いが出てくる。
サプライヤーの従業員が利用できるのか。
外国人労働者が自国語で相談できるのか。
相談したことで不利益を受けない仕組みになっているのか。
そして最も重要なのは、
“相談後、本当に問題が改善されたのか。”
窓口の存在だけをKPIにするのではなく、利用可能性、対応、是正、救済までを見る必要がある。
壁5|ESG評価が「発注」に影響していない
5つの課題の中で、調達部門にとって最も重要なのがここである。
企業がいくら高度なESG評価を行っても、その結果が調達判断に使われなければ、サプライヤーの行動は大きく変わりにくい。
価格。
品質。
納期。
技術。
供給能力。
そこへESGを追加するだけでは不十分だ。
高い評価を受けた企業には、どのようなメリットがあるのか。
改善しないサプライヤーには、どのような措置を取るのか。
例えば、
新規サプライヤー選定。
入札参加資格。
発注配分。
契約更新。
サプライヤー表彰。
協働改善プロジェクト。
こうした通常の調達プロセスへESG情報を組み込んで初めて、評価が経営上の意味を持つ。
本当の問題は「ツール不足」ではない
5つの壁を整理すると、共通する構造が見えてくる。
SAQが悪いわけではない。
監査が足りないというだけでもない。
新しいESGプラットフォームを導入すれば解決するわけでもない。
問題は、
“リスク特定→評価→監査→是正→再評価→調達判断”
が、一つの管理プロセスになっていないことである。
SAQを実施する部門。
人権DDを担当する部門。
Scope 3を算定する部門。
品質監査を担当する部門。
サプライヤーを選定する購買部門。
それぞれが別のデータを持っていれば、サプライヤーの全体像は見えない。
必要なのは「ESG管理システム」を増やすことではない。
“サプライヤーマネジメントそのものを再設計することである。”
「評価する調達」から「改善する調達」へ
ここまで見ると、サステナブル調達の成熟度を測る指標も変わってくる。
何社にガイドラインを配布したか。
何社からSAQを回収したか。
何回説明会を開催したか。
これらは活動量を測る「アウトプット指標」である。
しかし次の段階では、
高リスク案件を何件減らしたか。
是正完了率は何%か。
Tier2の可視化率はどこまで上がったか。
一次GHGデータ取得率は上がったか。
という「アウトカム指標」が必要になる。
サステナブル調達を経営へ接続するためには、この転換が不可欠だ。
では、具体的にどのような順序で実装していけばよいのか。
最終回では、今回の分析から導き出した「実装型サステナブル調達・5段階ロードマップ」を提示する。
次回
第3回・最終回|調達を経営戦略へ――サステナブル調達5段階実装ロードマップ
本記事について
本稿は公開情報に基づく業界横断分析です。企業内部の実務について、公開資料で確認できない事項を「未実施」と判断するものではない。本文では個社の順位・スコアを示さず、共通して観察される課題として整理している。
主な参考資料
経済産業省「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」
OECD「OECD Due Diligence Guidance for Responsible Business Conduct」
OHCHR「Guiding Principles on Business and Human Rights」
GHG Protocol「Corporate Value Chain (Scope 3) Standard」
各社サステナブル調達・サプライチェーンマネジメント公式公開情報
執筆者
臼井 健一
NPO日本サプライマネジメント協会 理事 / 事務局長
1990年、東京電力株式会社入社。工務、企画、事業開発、技術業務革新、資材調達など、多岐にわたる事業領域で専門性を培う。国際調達および火力・水力・原子力発電設備の調達分野において、管理職・プロジェクトリーダーとして長年にわたり数々の調達改革を牽引。2025年、東京電力ホールディングス株式会社を定年退職。現在、NPO日本サプライマネジメント協会にて調達人材の育成とサプライマネジメント領域の高度化を推進中。M.Sc. (工学修士)