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その3|ベンチマークを「組織改革」へ変える
ベンチマーキングのゴールは、レーダーチャートを作ることではない。評価結果から「次に何を変えるか」を決め、業務プロセス、人材、データ、ガバナンスへ落とし込んだとき、初めてベンチマークは経営ツールになる。
━ ISM Mastery Model™だけでは「業務内容と購買プロセスとの関係」が見えにくい
研究会は2026年、ベンチマーキングのフレームワーク自体の再設計にも着手している。大きなテーマは、ISM Mastery Model™の能力項目と実際の購買プロセスを結び付けることだ。
研究会資料では、支出分析、戦略立案、仕入先選定・価格決定、契約、発注・進捗、納品・検収、業績管理、SRMなど、実際の調達業務を一連のプロセスとして整理し、そこにMastery Modelの能力を対応させる方向が検討されている。
これは非常に重要な進化だ。「交渉力がLevel 2だった」と言われても、現場の管理職は何を直せばよいか判断しにくい。しかし「戦略立案段階で市場情報の分析が属人化している」「仕入先選定前の交渉計画が標準化されていない」となれば、改善対象は具体的になる。
スキル評価を業務プロセスに接続することで、診断結果をそのまま業務改革のテーマに変換できるのである。
図5|購買プロセス × 組織能力:評価を「業務」に結びつける再設計イメージ
出所:2026年5月研究会資料の購買プロセス再設計案をもとに編集部再構成。
━ 解決の方向性1|「評価項目」から「証拠がある評価」へ
ベンチマーキングで難しいのは、同じ言葉でも企業によって解釈が違うことだ。たとえば「市場分析をしている」と回答しても、Webで価格を確認するレベルから、需要・供給、原価構造、サプライヤー財務、地政学リスクまで統合分析するレベルまで幅がある。
そこで必要になるのが、レベルごとの判定基準と、その活動を確認するための証跡である。
交渉であれば、研修履歴だけでは十分ではない。交渉計画書、Should Cost分析、案件レビュー記録、サプライヤー戦略、交渉結果の振り返りなどを確認する。
これによって、「できると思う」という自己評価から、「この仕組みが運用され、この成果が確認できる」という組織能力評価へ変わる。
━ 解決の方向性2|DXは「システム導入」より先にデータを整える
2025年のベンチマークで浮かび上がったシステム能力・テクノロジーの課題は、このフレームワーク再設計とも深く関係する。
AIを導入しても、同じサプライヤーが複数名称で登録され、品目カテゴリーが拠点ごとに異なり、契約、支出、品質、財務、ESGデータが分断されていれば、高度な分析はできない。
したがって調達DXの第一歩は、派手なAIツールの導入ではなく、「何を、どの単位で、どの名称で管理するか」を決めることになる。
ベンチマーキングで他社のデータ分類やBI活用、教育体系を見る意味もここにある。先進システムをそのままコピーするのではない。データと業務の標準化をどの順番で進めたかを学ぶのである。
━ 解決の方向性3|研修を「受講実績」から「業務能力」に変える
もう一つの大きなテーマが人材育成だ。研究会の議論では、DX・AI教育、交渉教育、若手バイヤー育成など、教育のあり方そのものが繰り返し論点となっている。
重要なのは研修時間を増やすことではない。「研修を受けた」ことと「仕事でできる」ことは別だからだ。
たとえばShould Cost研修であれば、講座を受講して終わるのではなく、実案件でモデルを作成し、上位者がレビューし、実際の交渉結果まで確認する。
こうすれば、教育→実践→レビュー→再実践という能力開発サイクルが生まれる。Mastery Modelの成熟度をキャリアパスと紐付ければ、若手から管理職まで「次に何を経験すべきか」も明確になる。
━ 解決の方向性4|SRMを「評価表」から経営対話へ
2026年のもう一つの重点テーマがSupplier Relationship Management、すなわちSRMである。
研究会でSRMが高い優先順位になった背景には、各社共通の問題意識がある。コアサプライヤーをどう定義するのか。どのように層別するのか。サプライヤー評価や表彰をどう運用するのか。経営・調達方針をどの頻度で伝えるのか。そして、何をサプライヤーと共同で改善するのか。
これらは単なる取引先管理ではない。企業として、限られたサプライヤーにどれだけ経営資源を投入するかという戦略判断だ。
すべてのサプライヤーを同じ頻度、同じ会議、同じ評価票で管理する必要はない。重要度や供給リスク、技術力、将来の成長可能性に応じて関係を分ける。その上で重要サプライヤーとは、価格やQCDだけでなく、事業計画、リスク、ESG、技術、イノベーションまで踏み込んだ対話を行う。
ここで、第2回で見た「交渉」とSRMがつながる。一回の価格交渉で勝つことと、5年後も競争力ある供給網を持つことは必ずしも同じではない。優れた調達組織は、短期の交渉成果と長期のサプライヤー戦略を両立させる。
━ ベンチマークから見えてきた「5つの改革レバー」
研究会資料では、今後の評価軸としてDX、プロセス/ガバナンス、教育、ESG、SRMなどをどのように組み込むかが検討されている。まだ完成形ではないからこそ、ここには重要な示唆がある。
01|PROCESS | 02|DATA & DX |
03|PEOPLE | 04|GOVERNANCE |
05|ESG & SRM |
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図6|ベンチマーキングを組織改革につなげる改善サイクル
━ 「最高得点」を目指す必要はない
ここで一つ注意したい。すべての項目でExecutive Leadershipを目指すことが正解とは限らない。
企業によって事業モデルも、調達金額も、供給市場も違う。重要なのは、自社の経営戦略に必要な能力を見極め、「どこを高めるべきか」を選択することだ。
たとえば市場変動の大きい原材料を扱う企業なら、マーケット・インテリジェンスやリスク分析の優先度は高い。技術革新の速い業界なら、サプライヤー早期参画やイノベーション能力が重要になる。多数の海外拠点を持つ企業なら、データ標準化やグローバルガバナンスがボトルネックになる。
ベンチマーキングは、「他社より何点高いか」を競うためのものではない。自社の事業戦略を実現するために、どの調達能力へ経営資源を投入するかを決めるためのものなのである。
強い調達組織とは、スーパーバイヤーがいる組織ではない。優れた実務を「プロセス」「データ」「教育」「ガバナンス」に変換し、次の人が再現できる組織である。
━ ベンチマーキングは「他社を見る活動」ではない
研究会の活動を追っていくと、興味深いことに気付く。他社の仕組みを詳しく知れば知るほど、最終的に問われるのは自社自身だからだ。
なぜ、この業務は担当者によってやり方が違うのか。なぜ、このデータは集まらないのか。なぜ、この交渉はベテランでなければできないのか。なぜ、このサプライヤーを戦略サプライヤーと呼んでいるのか。
ベンチマークとは、他社の答えをコピーする作業ではない。他社との「違い」を鏡として使い、自社の仕組みを問い直す活動だ。
調達を価格交渉中心の機能から、経営に必要な供給能力を設計する機能へ。その変化には、調達人材の育成と組織能力の可視化が欠かせない。
グローバル標準のISM Mastery Model™を共通言語に、異業種の実務家が現場の知見を持ち寄る調達スキル・ベンチマーキング研究会の試みは、その一つの実践モデルといえるだろう。
ベンチマーキングからの示唆
調達能力を「人の経験」だけに置いておけば、人が異動・退職した瞬間に能力も失われる。経験を評価基準、プロセス、データ、教育、ガバナンスへ変換して初めて、調達力は企業に残る資産になる。