
第1回 なぜ今、ESGリスクの可視化が必要なのか
海外サプライヤーで指摘された労働者の人権問題が、日本企業の説明責任を問う。原材料の調達経路を十分に立証できず、日本企業の商品が海外で輸入を差し止められる。
サプライチェーン上の人権リスクは、遠い国の社会問題ではありません。企業の市場アクセス、製品供給、顧客との取引、社会からの信頼に直接影響する経営課題となっています。
企業における川上サプライチェーンの最前線に位置する我々調達部門は、リスク調査の過程でそのリスク存在もしくは見えていない事実を目の当たりにしているために、このような事態になることを、ビクビクしながら過ごされている担当者も居られるのではないでしょうか。
シマノのサプライチェーンをめぐる人権問題
2024年10月、国際人権NGOのヒューマンライツ・ナウは、「日本のサプライチェーンにおける強制労働への対応」と題する報告書を公表しました。
報告書は、株式会社シマノのサプライヤーであるKwang Li Industryが運営するマレーシアの製造工場をケースとして、ネパール人およびバングラデシュ人の移民労働者に対する権利侵害を取り上げています。
これは同団体の調査・分析に基づく、人権侵害と強制労働の疑いに関する報告です。シマノ自身が強制労働を行ったと認定されたものではありません。また、報告書では、シマノが監査やサプライヤーへの聞き取りを含む是正措置を講じたことも分析されています。
この事例が示すのは、企業が労働者を直接雇用していなくても、取引関係を通じて人権リスクへの対応を求められる可能性があるという点です。確認対象は製造現場だけでなく、移民労働者の募集・斡旋、採用手数料、身分証明書の管理、退職や移動の自由などにも及びます。
サプライチェーンの可視化とサプライヤーエンゲージメント
この事例で我々調達部門に突き付けられる困難な課題は、自社が直接管理していない上流工程についても、企業に確認と説明が求められるということです。
一つの製品が完成するまでには、原材料の採掘・栽培、精製、加工、部品製造、組立、物流など、多数の工程と企業が関わります。一次サプライヤーに問題が見られなくても、その上流で強制労働、児童労働、環境破壊、汚職などが生じている可能性があります。
それらのリスクを防止するためには、二次サプライヤーから先のサプライヤーについてもデュー・ディリジェンスが必要になるということですが、まずそのサプライチェーンマップを作ること自体が困難です。多くのサプライヤーはその川上のサプライヤーを明かしたがりません。そのサプライヤーを使っていること自体が利益の源泉である場合や、自社を介さずに直接取引される中抜きを警戒して、なかなか教えてくれないケースが多くあります。
そこで大事になってくるのがサプライヤーエンゲージメントです。日々のやり取りの中で、それを大事にお付き合いしていれば、ポロっと明かしてくれることもありますし、いざ問題が発生したら共倒れになるという危機意識がお互いの上層部で共有できていれば、出せない情報も出やすくなります。
CSRからデュー・ディリジェンスへ
現在のESG対応では、事業活動が人権や環境に及ぼす実際の、または潜在的な負の影響を特定し、深刻度や発生可能性を評価した上で、防止、軽減、是正することが重視されています。この一連の取り組みがデュー・ディリジェンスです。
企業には、調査範囲、判断根拠、防止・軽減措置、是正・救済、実効性の評価を説明することが求められます。

欧州の企業持続可能性デュー・ディリジェンス指令、CSDDDも、対象企業に対し、自社、子会社および活動連鎖における人権・環境への負の影響への対応を求めています。直接の法的対象ではないEU域外企業にも、取引を通じて情報提供や改善要請が及ぶ可能性があります。
また、EUの強制労働製品禁止規則は、強制労働によって生産された製品のEU市場での販売やEUからの輸出を禁止し、2027年12月14日から適用されます。
ESGリスクの可視化は、サプライヤーを選別することが目的ではありません。負の影響を早期に把握し、深刻化を防ぎ、改善や救済につなげるための取り組みです。そして、輸入差止めや供給停止を防ぎ、市場アクセスと社会からの信頼を維持するための経営基盤でもあります。
執筆者
田中 耕介
大日本印刷株式会社 購買本部所属。サステナブル調達とサプライチェーンマネジメントの実務に携わり、人権、環境、責任ある鉱物調達、GHG排出量、事業継続などに関するリスク管理を推進。サプライチェーンを価値創造の基盤へと変革する取り組みを進めている。1992年の入社以来、建装材、包装、出版、商業印刷など、幅広い製品分野の材料調達を担当。カード用ICチップの調達では、事業の立ち上げ段階から参画し、開発購買を推進した。2026年10月より調達業務改革に従事。