
今日、調達部門には「コスト削減」と「サプライチェーンの強靭化」という重い期待が寄せられている。しかし多くの企業では、その出発点となるべき購買データそのものが整備されていないという根本的な課題を抱えている。本稿では、ある電力会社の調達SCM(サプライチェーン・マネジメント)改革の実例を手がかりに、データクレンジングとデータマネジメントがなぜ調達改革の土台となるのか、そしてAI活用が本格化するこれからの時代においてなぜ一層重要になるのかを整理する。

図1 データマネジメントによる調達改革の流れ
なぜ調達データは整わないままなのか
背景には構造的な要因もある。ある電力会社の事例では、安定供給を最優先するあまり自社独自仕様や業界固有規格による高品質・高機能化が進み、コストと仕様の関係への意識が薄れがちであったこと、さらに技術部門と資材(調達)部門が機能別に分かれた「タテ割組織」であったために、仕様情報と購買情報が部門間で共有されず、双方が本来持つべき知見を活かしきれていなかったことが指摘されている。仕様は価格と密接に関わる情報であるにもかかわらず、技術部門と調達部門の間で開示・共有されないまま放置されるケースは、業種を問わず多くの企業に共通する構図であろう。
見えていなかった「データ品質」の課題
調達コストを削減したいと考えても、現場からは次のような声が上がる。
調達現場で実際に交わされる問い | |
|---|---|
“対象品目は何か?” | “必要な購買実績データはあるのか?” |
“間接購入品はどう扱うのか?” | “一式工事の内訳は把握できているか?” |
具体的には、仕様やプロセスのどこから着手すべきかを判断する材料がない、自社全体の購入実績を正確に把握できておらず集中購買の検討が進まない、請負会社経由で調達している保守材料は仕様・価格の実態がつかめない、といった問題が同時多発的に存在する。購買実績データ自体は存在していても、品名や仕様の記載がバラバラで、コストダウン検討に必要な比較・分析作業に進めないケースも多い。加えて、技術仕様データの評価には技術部門の協力が不可欠だが、現実には調達部門だけで検討をスタートせざるを得ないことも少なくない。
ある電力会社の火力部門では、同一の発電所内でもメーカーごとに機器設計が異なり、保守部品の呼び方もメーカーごとにバラバラで、同じ部品が異なる名称で管理されているという状態にあった。運転年数の異なる複数の設備が混在する現場では、この「名寄せされていないデータ」こそが改善の最大の壁になっていた。
データクレンジングという地味だが決定的な作業
データクレンジングとは、分析の前処理として入力ルールを統一し、表記のゆれを解消する作業である。全角・半角の統一、送り仮名の統一、「電動機」と「モータ」のような略語の統一などが含まれる。単純な表記統一だけでなく、技術的な判断も必要になる。同一部品でありながら5通り以上の名称で登録されていた例も珍しくない。これを技術的知見に基づき一つの標準表記へ統合する必要があり、こうした判断は入力担当者だけでは行えず、あらかじめ技術部門の知見を反映した入力ルールを設計しておくことが不可欠となる。
対象品目 | クレンジング前(表記ゆれの例) | クレンジング後(標準表記) |
|---|---|---|
低圧避雷器 | 400V低圧避雷器GLL4/400V用アレスター(GL-L4)/低圧(400V)用避雷器GL-L4 など5通り以上 | 避雷器 400V用 GL-L4 |
電柱キャップ | コンクリートポールキャップ(190用)/コン柱用ポールキャップ(190) など7通り以上 | 電柱キャップ 19cm コンクリート柱用 |
配電用腕金 | 配電用腕金(75角)L=2100/腕金2100(75角)/腕金2100・75角 など7通り以上 | 腕金 2100mm 75角 |
表1 データクレンジングによる表記統一の例
クレンジングされたデータで価格を分析する
データが整備されて初めて、「同じもの」「似ているもの」を横断的に比較できるようになる。分析は、①分類・属性の設計、②類似品の検索・抽出、③価格の比較分析、という3段階で進める。比較の結果は「重複品」「機能同等品」「機能類似品」の3タイプに整理し、最も安価な仕様・調達先へと統合していく。
ある発電所の渦巻き型ガスケット836点を対象に分析したケースでは、重複品が42件(5.0%)、機能同等品が14件(1.7%)、機能類似品が92件(11.0%)見つかり、合計148件(17.7%)の品目削減につながった。別の事例では、鳥害・つる対策用の配電資材(約570点、年間購入額約1.3億円)について機能同等品の集約を行い、20〜30%程度のコスト削減が見込まれた。

図2 ガスケット836点の分析結果
さらに示唆に富むのが、「特殊品」として競争調達の対象外とされていた9,100品目(年間10億円規模)を分析した結果である。実に2,500品目、全体の30%が実質的には汎用品であり、競争調達が可能であったことが判明した。データが整っていなければ、こうした「隠れた競争可能品」は永遠に発見されないままになる。

図3 「特殊品」再分類による競争可能品の発見
価格分析からコスト削減、そして業務の見える化へ
このアプローチによる効果は、単価そのものの引き下げにとどまらない。品目点数の削減は、管理点数・在庫点数・契約点数の削減という間接コストの低減にもつながる。ある電力会社の事例では調達コスト全体の2割削減を目標に掲げ、購買プロセスの改革、部門横断でのコミュニケーション向上、仕様分析による調達部門の役割拡大といった副次的な成果も得られている。

在庫管理の分野でも同様の効果が確認された。既存の基幹システムでは月末在庫しか把握できず、現場への在庫削減指導ができないという課題を抱えていた事例では、システムを刷新する代わりに、既存データをリバースエンジニアリングし、取引先マスタのクレンジングと名寄せをExcel・Accessベースで実施した。これにより低コスト・短期間で事業場別・品目別の日次在庫を可視化し、在庫運用の良し悪しを定量的に比較して現場指導へつなげることが可能になった。
AI時代にこそ問われるデータ基盤の質
「データ」はそのままでは単なる数値や単語に過ぎない。そこに有意な属性と意味を与えて初めて「情報」となり、情報が問題解決に活かされて初めて「知恵」となる。この構図は、AI活用にもそのまま当てはまる。

図4 データ・情報・知恵のピラミッド
近年、需要予測、支出分析(スペンド・アナリティクス)、サプライヤーリスクの検知、契約書のAIレビューなど、調達領域でのAI活用は急速に広がっている。しかしAIは、投入されるデータの質を超える精度を出すことはできない。表記がバラバラなまま、あるいは同一部品が別名で管理されたままの購買データをAIに読み込ませても、誤った類似品判定や不正確な価格ベンチマークが生成されるだけである。逆に言えば、地道なデータクレンジングとマスタ整備こそが、AIによる高度な分析を機能させるための土台であり、これを怠ったまま最新のAIツールを導入しても、期待する効果は得られない。
一過性のプロジェクトで終わらせないために
このようなデータクレンジングやCSM(MRO部品サプライヤー管理)の取り組みは、実際には一過性のプロジェクトに終わりがちだという現実がある。プロジェクトを主導した担当者が異動・退職すれば、整備されたマスタデータやクレンジングのルールは更新が止まり、数年のうちに表記のゆれや名称のバラバラな管理へと逆戻りしてしまう。外部の専門会社の力を借りてようやく築いた「見える化」の仕組みも、その後どこまで自社内に根付いたかは、担当者が代わるたびに問われ続ける課題である。
また、例えばデータの入力ルールに関する責任箇所を業務分掌として明確化して、入力は全てプルダウンとする等の「仕組化」も検討に値する。このような場合、実現のためには、調達品を実際に使用する技術主管部、調達戦略を策定し調達を行う調達部門、入力するシステムを管理・運営するシステム部門等への業務ルールの変更、システム改修、データに関する運用ルールの変更等が求められるため、複数部門にまたがる調整が必要となる。そのためには各部門視点での最適化(部分最適)ではなく、全社大での最適化(全体最適)の視点が必要となるため、経営レベルを最初から巻き込むような検討体制を構築し、維持する仕組みもあることが望ましい。
データは、AI時代における石油である
AI時代においては、この問いの重みが一段と増す。データは、しばしば石油に匹敵する経営資源だと語られる。原油が精製されて初めて価値を生むように、購買データもクレンジングされ構造化されて初めて、AIによる需要予測やスペンド分析、サプライヤー評価の燃料となる。しかもこの資源は、一度整備すれば終わりではなく、日々の取引の中で絶えず劣化・散逸していく。継続的なメンテナンスの仕組みがなければ、せっかく築いた価値はすぐに目減りしてしまう。
したがって、調達データマネジメントは、特定の担当者やプロジェクトチームの熱意に依存する活動であってはならない。整備のルールや標準化の知見を文書化し後任者へ引き継ぐ仕組みを構築すること、そしてマスタデータの維持・更新を担う役割を組織上に明確に位置づけること。こうしたプロジェクトの承継を図ることこそ、現場の一施策ではなく経営課題として扱われるべきテーマである。
おわりに
調達改革は、華やかなAIツールの導入から始まるのではない。足元の購買データを一つひとつ点検し、統一されたルールで整備するという地味な作業から始まる。本稿で見てきた事例が示すように、データクレンジングという泥臭い工程を経て初めて、価格分析やコスト削減、さらには在庫の見える化といった具体的な成果へとつながっていく。
データクレンジングとデータマネジメントへの投資は、目先のコスト削減だけを目的とするものではない。これから本格化するAI活用時代において、調達部門が精度の高い需要予測やスペンド分析、サプライヤー評価をAIに委ねられるかどうかは、まさにこの土台の質にかかっている。データ基盤への投資は、調達部門の競争力そのものを左右する、極めて戦略的な取り組みだと言える。
執筆者
久野高志
• 1991年、中部電力株式会社入社
• 2001年、中部電力の調達SCMプロジェクトの立ち上げに参加。業務プロセス改革(配電部門)とプラント設備のCSM(MRO部品サプライヤー管理:火力部門)等の事務局業務に従事。
• 2004年、電力会社を中心とした電子取引市場運営会社:㈱ジャパン・イーマーケット出向。データマネジメントを基にした同等品・相当品集約コンサルティングやバイヤー間の「共同調達研究会」立ち上げを担当。
• 現在、株式会社JERAに所属。AIを活用した各種データ分析の内部監査への活用を推進中。
• 講演実績:2010年2月 データ総研冬期特別開催セミナー「データマネジメントを起点とした改革・改善活動」、2010年9月 サプライチェーンカウンシル日本支部メンバーズミーティング「電気事業の調達改革~コストダウンと調達品質の向上とをめざしたSCM活動の展開~」 他多数
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