商社を外した直接輸入:潤滑油用添加剤の海外調達
欧米諸国からしばしば指摘されてきたのが、日本独特の流通経路である。即ち、中間業者が多過ぎるため、最終消費者にとって不利益となるということだ。中間が入ると業者に必要な「ヒト・モノ・カネ・情報」が付いて回るが、それらが消費者まで辿り着かないことが多いからである。
海外から資機材を導入する際には、供給元(海外サプライヤー)との意思疎通が最善策と思っている。仲介者なしで直接メーカーの社員と話がしたいが、それを阻むのは仲介者であり、また社内の需要家である当該社員である。社内ユーザーは、残念ながら代理店から様々な便宜を受ける場合が多く、必要な情報も仕入れているが、メーカー直の貴重な情報や言葉のニュアンスまでは伝わらない。
目次
① 日本特有の流通経路
② 化学品のサプライチェーン
③ 日米構造協議
④ 潤滑油と添加剤
⑤ 潤滑油添加剤のサプライマーケット(供給市場)
⑥ 欧米メーカー直輸入
⑦ 日本の商権
⑧ まとめ
① 日本特有の流通経路
日本の流通経路は、非常に複雑で欧米からも指摘されてきた経緯がある:
1) 伝統的な多段階経路:メーカーから1次卸、2次卸などの複数の問屋(卸売業)をいくつも経由して小売店、そして消費者へ届く複雑な仕組み。
2) 卸売市場ルート:野菜や魚などの生鮮食品で多く、生産者から「卸売市場」「仲卸業者」などを通じてスーパーや小売店に渡る経路。
3)直接取引・ネット販売:大型の小売店やネット通販が、問屋を通さずにメーカーや農家と直接やり取りをして消費者に売る仕組み。
もっとも標準的な流通経路は、下図の通りであるが、勿論対象材によって異なるものの、概ね実態を表していると言えよう。
② 化学品のサプライチェーン
化学品のサプライチェーン:一般資材と同じであるが、日本の特徴として前述したように一つの化学品・添加剤などに必ず数社の代理店と称する中間業者が存在することである。
③ 日米構造協議
日米構造協議を覚えているだろうか。日米貿易不均衡の是正を目的として1989年から1990年までの間で開催された二国間協議である。日米構造協議における「中間業者」や流通問題とは、日本の多段階な問屋・卸売制度や系列取引が、外国製品の参入障壁や価格高止まりの原因であるとして米国から是正を求められた構造的課題だ。多くの課題があったが、特に多段階流通・問屋制度では、何層にも分かれた中間業者や排他的な取引慣行が新規参入を妨げていると批判された。また、流通系列化では、メーカーが中間業者や小売店を系列下に置き、価格や販売先を拘束する仕組みが問題視された。
更に、地域が拡がると様々な仲介者(一次、二次、三次卸売業者)が入ってくるのは否めなく、最終消費者に至るまで長い道のりとなる。
要するに中間業者が入るごとにマージンや口銭が渡る構造になっている訳である。ここで目を付けたのが製造元から直接調達している海外企業の購買職である。市場に蔓延る多くの障壁を越えてでもやってみる価値があると思い、試行した結果を報告する。
④ 潤滑油と添加剤
潤滑油は、ベースとなる基油(80〜90%)に各種の添加剤(10〜20%)を混ぜ合わせて作る。製造の主な手順は、基油の精製、添加剤の配合、そして検査と充填である。
潤滑油の精製工程:まず常圧残油を減圧蒸留装置により、数種類の潤滑油留分に分離する。減圧残油に含まれるアスファルト留分は溶剤脱瀝装置で分離される。潤滑油留分は溶剤抽出装置により粘度指数が向上され、水素化仕上げ装置で色相改善、硫黄分が除去され、さらに脱蝋装置で流動点が改善される。このように精製された基油を調合し、添加剤を加えて製品とする。
添加剤とは、潤滑油に配合されている構成成分の一つで一般的に潤滑油は、以下のような組成で調合される:
ベースオイル(基油):80〜90%
添加剤:10〜20%
潤滑油の性能基盤を大きく左右するベースオイル(基油)に対し、用途や使用環境に応じて、様々な効果を追加するのが添加剤の役割である。
出典・参考:ENEOSウェブサイト「石油便覧」第2編第2章第1節「総説」等を基に著者作成
一般に、石油会社(元売り)の作る潤滑油は、社内では燃料油部門に比べて主流でなく脇の存在であった。購買部では、会社の定める社則から原油や原料については担当範囲外であった。これもおかしな考えであったが、決まりは決まりであり尊重せざるを得ない。但し、原料にまつわる多くの化学品などは、購買部の管掌であり、事業部から見れば大きな収益源でもあった。前述の通り、潤滑油は、簡単に言えばベースオイルと添加剤から成る商品でガソリンスタンドでも販売する、が当時の事業部の主な顧客は、大手自動車会社であった。御三家と呼ばれるカーメーカーに向けて元売り各社が競争激化の中、自社品を少しでも多く納めようと販売促進していたのである。
⑤ 潤滑油添加剤のサプライマーケット(供給市場)
添加剤の種類:潤滑油添加剤には,単品(コンポーネント)と,そのコンポーネントを複数混合した配合品(パッケージ)があり,コンポーネントとパッケージの両方を多国籍企業である総合添加剤メーカーが製造しているのに加え,海外および国内には多数のコンポーネントメーカーが存在する。すなわち、清浄分散剤,酸化防止剤,油性向上剤,摩耗防止剤,極圧剤,錆止め剤,腐食防止剤,粘度指数向上剤,流動点降下剤,消泡剤などがある。
潤滑油添加剤は性能または使用目的から下表のように分類されるこの添加剤の殆どが海外製品であり、日本では中小規模の代理店(Exclusive agent)が主に欧米企業の独占的代理権を持つ会社であった。独占販売権を背景に、国内価格が高止まりしていたとも考えられる。従って、海外購買職の行動を見て、これらの仲介業者を介さないことで原価低減を目指した。よくよく調査すると「並行輸入」という貿易行為があることを知り、もともとは個人輸入で知られていたようだが、法人として試みることにした。
まず在京の大使館やら過去に知り合った海外人脈を利用して直接、欧米メーカーに接触を試みた。ここで役立ったのは、南アフリカ人脈である。以前アフリカで調達活動をしていた際に世話になった人達を訪ねて並行輸入の可能性を探った。コストを掛けたのは、国際電話料金だけであった。(当時、結構高かった)時差もあり早朝に自宅から掛けることも多く家族に迷惑を掛けたが朗報に接した時は、苦労が吹き飛んだことを今でも覚えている。
主要な潤滑油添加剤の欧米メーカーを挙げる:
Lubrizol(ルーブリゾール)、Afton Chemical(アフトンケミカル)、Infineum(インフィニアム)の3社である。この3社で世界市場の大部分を占める寡占市場となっている。加えて、大手グローバル添加剤メーカーで巨大化学・石油系は次の通りである:①Lubrizol(ルーブリゾール):米国に拠点を置く、バークシャー・ハサウェイ傘下の大手化学メーカー。②Afton Chemical(アフトンケミカル):米国ニューマーケット傘下で、燃料・潤滑油添加剤に特化した老舗メーカー。③Infineum(インフィニアム):英国とオランダにルーツを持つ、ShellとExxonMobilの合弁による大手企業。④Chevron Oronite(シェブロン・オロナイト):米国Chevron傘下で、エンジンオイルや工業用油の添加剤を手がける主要メーカー。驚くことに、全ての海外メーカーが日本国内に代理店を持ち、国内石油会社に自社ブランドの添加剤を納めていたのだ。中には聞いたこともない日系企業もあり、過去の経緯は不明だが、添加剤だけで商売している中小企業もあった。
主な欧米潤滑油添加剤メーカーと国内代理店について少しだけ取り出してみる:
1. Italmatch(イタリア):シラド化学が日本総代理店として潤滑油添加剤を輸入販売。
2. BG Products(米国):BGジャパンが日本総代理店としてエンジン・インジェクター等の洗浄・添加剤を展開。
3. LIQUI MOLY(ドイツ):LIQUI MOLY ASIA PACIFICが正規輸入代理店としてオイル・添加剤を供給。
4. Vanderbilt Chemicals(米国):小桜商会などが輸入販売代理店として工業用油添加剤等を取り扱う。
5. BASF(ドイツ):BASFジャパンのほか、丸和物産や明和産業などが販売を担う。
上記には入っていないが、当時BP ChemicalsというBP系の化学品事業会社があり、親元は、言わずと知れた英国BP(旧ブリティッシュ・ペトロリアム、The British Petroleum Company plc)である。英国ロンドンに本社を置き、石油・ガス等のエネルギー関連事業を展開する多国籍企業であり、国際石油資本、いわゆる「スーパーメジャー」の一社である。当時、BPは傘下に添加剤を扱う化学品事業を有していた。日本では独占販売代理店が輸入販売を担っていたが、筆者はBP Chemicalsの南アフリカ・ヨハネスブルグ拠点を訪問し交渉した。彼らは日本の代理店事情を十分には把握しておらず、直取引を歓迎するムードだった。ここに南アフリカから日本への並行輸入が実現したのだ。勿論、通貨は米ドル建てであり、為替相場が超円高基調であったため、国内価格の半値以下で契約できた。当の潤滑油事業部は品質を真っ先に懸念したが、同部の品質担当技師長を南アフリカまで同道し、同社工場を視察して品質管理体制を精査した結果、何ら相違がなく、むしろ過去に知らされていなかった品質上の知見を聞き取り、同行した技師長が感激したというおまけまで付いてきた。ここで、日本の代理店からは需要家に伝わりにくい情報があることがよく分かった。
この成功を基礎に他の添加剤にも手を付けた。日本の添加剤メーカーの品質と欧米メーカーの品質との比較である。日本産でもあるが、潤滑油メジャーからすれば、類似品とみられており、事業部の技師がこぞって比較検討に入った。日本の大手化学品会社から定期的に仕入れていた添加剤のMSDSを基礎に海外データとの比較が始まった。結果は、欧米品が同等か、それ以上と判明し、また欧米品が先を行くような形で現行の日本製品よりも更に高品質の製品を提案してきた。この事実は事業部の技師達を歓喜させた。高品質の上に少量の添加で済むからだ。
⑥ 欧米メーカー直輸入
最も苦労したのは先に挙げた大手添加剤メーカーThe Lubrizol Corporationであった。同社は1928年に米国オハイオ州クリーブランド市の郊外で創業し、最初の製品は自動車の重ね板ばねのきしみ音を低減するために開発した黒鉛系潤滑剤であった。その後、自動車用エンジン油関連の技術を発展させ、添加剤分野で大きな成功を収めた。同社は、歴史的に独立系の添加剤専業メーカーとして世界中で事業を展開し、多くの欧米化学品会社を買収して成長した。一方、Lubrizol添加剤の日本への展開は1950年代に始まり、当初は国内代理店が輸入販売を行い、その後、販売会社が設立され、本格的にLubrizol製品の輸入販売を開始した。販売量の増加とともに日本での顧客サービスの充実を目指し、1960年代には国内製造拠点も設けられた。何故ここまで詳しく書くかというと、このケースでは日本の代理店ではなく米国メーカーが直接、製造・販売体制を構築したからだ。それでも当時の当社の購買金額が非常に多かったため、この牙城を崩さないことには意味がないと考えた。いわゆるCross-Functional Team(部門横断組織)を潤滑油事業部と作り、当社の米国駐在事務所経由で米国Lubrizol本社と掛け合った。実に無謀な米国製品直接輸入の試みである。結果として、直接輸入に近い形が実現したが、同社の日本法人の顔を立てて購買ルートを国内商取引として結論を得た。つまり、決済通貨を米ドル建てとして、製品は日本産を納入するというものだ。但し、米国工場からしか出ない同社の特殊な製品は直輸入するという訳だ。筆者も潤滑油技師長を米国Lubrizol本社へ同道し、日本国内で販売していない稀有な製品を確認し契約したのである。
⑦ 日本の商権
商取引上の「商権」:アジア諸国をはじめ欧米でも中間業者が介在することがあるが、「商権」が曖昧であることが多い。一方、日本独特の流通経路では仲介業者が権利を主張する。商取引における商権(販売権・取引基盤)とは、商社や卸売業などのビジネスシーンで使われる概念であり、特定のメーカーから「特定の地域や業界で商品を独占的に販売できる権利(総代理店権など)」を与えられることや、長年の取引を通じてその企業だけが持つ強固な顧客ネットワークや営業基盤を指す。一般に「商権」は、それ自体が法定の権利を意味するものではないが、その実態は、商社が専門知識・情報を提供し、仕入先・販売先との間で長年取引を継続することで培われた実績・信頼関係でもある。当該代理店や商社と相手方との信頼関係が失われる場合や、専門知識・情報を有する担当社員が離散する場合には、商権そのものが消滅してしまうこともある。商権(特定の地域や商品を取り扱う権利)を失う主な要因は、代理店契約の打ち切りやメーカーの直販強化で、これにより企業の売上基盤が大きく揺らぐリスクが生じる。商権を失うことは、代理店や商社の財務や企業の存続に直結する重大な死活問題となる場合がある。
今回の事案で気づいたことは、直接輸入と並行輸入によって、中間業者の商権が揺らぐ可能性があることである。一般に、主な原因として考えられることは、次の四つである:①メーカーの方針転換:メーカーが業績不振を理由に代理店を絞り込んだり、利益率向上のために直接販売(直販)を強化するケース。②売上目標の未達:契約で定められた販売ノルマや目標数値を継続して達成できなかった場合、メーカーや権利元から契約を解除されることがある。③競合他社の台頭:ライバル企業がより有利な条件(低価格、優れたサポート体制など)を提示し、商権を奪われる事態。④コンプライアンス違反・契約違反:自社の法令違反や、契約書に定められた条件(独占禁止法関連のガイドラインなどを含む)に違反する行為があった場合、権利を失うことがある。
⑧ まとめ
個人取引で知られる「並行輸入」を法人として実現した訳であるが、前述したように、購買部のみならず事業部の支援があったことは言うまでもない。支援というより、事業部の収益に直接関わる問題に関与するのは当然であり、特に事業部長からの絶大な後押しがあったことで直接輸入が成功し、大きな原価低減を実現できたと言える。
コストセンターからプロフィットセンターへ:従来、購買部門は利益を上げない部門と見られてきたが、この事実によって、そうした見方を払拭できた気がする。購買部門は、全社的には縁の下の力持ち的存在ではあるが、事業部(社内ユーザー)と部門横断的に協力し合えば、れっきとしたプロフィットセンターになれることを示す事例である。
主な参考資料
ENEOS「石油便覧」第2編第2章第1節「総説」/公正取引委員会「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針」/The Lubrizol Corporation公式サイト「Our Legacy」/各社公式ウェブサイト。なお、個別の取引経緯・交渉内容は筆者の実務経験に基づく。
執筆者
上原 修
NPO日本サプライマネジメント協会 名誉理事長
CPSM C.P.M. MBA JGA
大前研一ビジネス・ブレークスルー大学大学院 教授
米アリゾナ州立大学CAPS Research 日本チェアー
流通経済大学 客員講師 災害ロジスティックス担当
ヨーロッパ購買経営大学院 European Institute of Purchasing Management 前教授
仏パリESSECビジネススクール 前特任教授
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