
第1回|サステナブル調達の競争軸が変わった――4業界で見えた「実装力」の差
臼井 健一
はじめに
ISM Japanでは、サプライマネジメントの高度化に向けて、複数のテーマ別研究会が活動している。筆者は、これらの研究会活動を束ねる研究会事務局として、各社の調達・購買部門が直面する課題や、企業の枠を越えて共有される実践的な知見に日々触れている。
その中でも、近年とりわけ重要性を増しているテーマが「サステナブル調達」である。
人権、環境、脱炭素、サプライチェーンリスクへの対応は、もはや一部の先進企業だけの課題ではない。調達部門には、企業価値とサプライチェーンの持続可能性をいかに両立させるかが、これまで以上に問われている。
そこで今月は“サステナブル調達”をテーマとし、本稿では、研究会参加企業を含む国内大手企業・4業界の公開情報を業界横断で読み解きながら、サステナブル調達の現状、企業に共通する課題、そして「実装型サステナブル調達」へ移行するための方向性を、全3回で整理していく。
第1回ではまず、各業界でサステナブル調達がどこまで進んでいるのか。その「現在地」から見ていきたい。
方針をつくる時代から、「実装力」を競う時代へ
サステナブル調達をめぐる企業の競争軸が、静かに変わり始めている。
これまで重要だったのは、サプライヤー行動規範を策定することだった。
人権方針を公表し、環境や労働、安全衛生について取引先へ協力を求める。まず「ルールをつくる」ことが企業に求められてきた。
しかし、国内4業界大手企業の公開情報を横断的に分析すると、すでに次のフェーズへ進みつつあることが見えてくる。
“差が生まれているのは「方針があるか」ではない。方針をサプライヤー管理へどこまで実装できているかである。”
今回の分析では、統合報告書、調達方針、サプライヤー行動規範、人権デュー・ディリジェンス(DD)、Scope 3、SAQ (Self-Assessment Questionnaire)、監査・是正などに関する公開情報を横断的に確認した。
個社の優劣を論じることが目的ではない。そのため企業名、順位、個社スコアは示さず、業界ごとの特徴として整理していく。
そこから浮かび上がったのは、サステナブル調達の「現在地」である。
成熟度を分けるのは、5つの実装ポイント
公開情報を比較すると、多くの大手企業で調達方針やサプライヤー行動規範そのものはすでに整備されている。
むしろ差を生んでいるのは、その先である。
特に重要なのが次の5点。
· 対象サプライヤーをどこまでカバーしているか
· リスク評価から監査・是正までつながっているか
· Tier2以降へ管理範囲を広げられているか
· Scope 3をサプライヤー固有の一次データへ移行できているか
· 活動ではなく成果をKPIとして管理・開示できているか
例えばSAQを1,000社に送付したとしても、それだけでサプライチェーンリスクが減ったとは言えないであろう。
重要なのは、その回答から高リスク先を特定し、必要に応じて監査し、改善計画を策定し、是正完了まで確認できているかである。
つまり、
“「何社を調査したか」から「何件のリスクを減らしたか」へ。”
サステナブル調達のKPIそのものを変えていく必要がある。
インフラ・エネルギー|「広く把握する力」が強み
電力・ガスなどのインフラ企業では、調達ガイドラインの整備や大規模な取引先アンケートが進んでいる。
人権、労働、安全衛生、環境、コンプライアンス、情報セキュリティなど幅広いテーマを対象とし、説明会や個別フィードバックまで行う取り組みも確認できている。
公開情報上では、一部企業で主要取引先を調達金額ベースで約9割まで捕捉する例もある。
これは、取引先の裾野が広いインフラ企業にとって大きな強みである。
一方で、次に問われるのは「深さ」。
建設、保守、設備、燃料、工事委託など、インフラ産業のサプライチェーンは多層化している。
Tier1へアンケートを実施するだけでは、実際の施工現場や、その先にいる二次・三次サプライヤーの労働、安全、外国人労働者などのリスクまで十分に把握できない可能性がある。
今後は、工種、地域、契約形態、労働集約度などを掛け合わせ、高リスク領域を特定する「リスクマッピング」が重要となっていくと思われる。
電機・ICT・産業機器|高度化するサプライヤー評価
電機・ICT・産業機器では、管理手法が比較的多層化している。
サプライヤー行動規範への同意、SAQ、デスクトップ評価、第二者・第三者監査、是正フォロー、情報セキュリティ、責任ある鉱物調達などを組み合わせる事例が確認できる。
Tier1の協力を得ながらTier2を確認する取り組みもある。
さらに注目したいのが脱炭素。
主要サプライヤーにGHG算定を促し、削減目標の設定や再生可能エネルギー導入などを支援する取り組みも進んでいる。
ここでは調達企業の役割が、
「データを提出してください」
から、
「一緒に削減していきましょう」
へ変わり始めている。
これは非常に重要な変化である。
一方、高度化するほど新たな課題も生まれる。
顧客企業ごとにSAQ、鉱物調査、環境データの要求様式が異なれば、サプライヤー側の対応負荷が大きくなっていくことである。
結果として形式的な回答が増え、データ品質を低下させる恐れもある。
標準質問票、既存認証、監査結果の相互利用など、単純に「聞く量を増やす」のではなく、リスクに応じて調査を最適化する発想が必要であると思われる。
消費財・素材・印刷|原材料までさかのぼる管理力
消費財・素材分野では、別の特徴が見えてくる。
パーム油、紙・パルプ、森林資源、化学物質、鉱物など、原材料固有のリスクを起点としたトレーサビリティが発達している。
第三者認証、サプライチェーン認証、外部プラットフォーム、監査などを組み合わせ、農園や製錬所など、より上流まで確認するアプローチ。
これはTier2以降の可視化という観点でも参考になる。
しかし、高度な原材料管理にも課題はある。
森林は環境部門、人権はサステナビリティ部門、化学物質は品質部門、GHGは環境部門――というように管理が分かれると、同じサプライヤーに複数部門から似た調査が送られることになる。
必要なのはテーマ別管理を増やすことではない。
“一社のサプライヤーを、一つのリスクプロファイルとして見ることです。”
サプライヤーマスターと各種リスク情報をつなぐ発想が重要になる。
医薬品・ヘルスケア|「第三者管理」の考え方がヒントになる
医薬品・ヘルスケアでは、品質、患者安全、供給継続、贈収賄防止、情報保護、労働、人権、EHSなどを含む第三者管理が特徴的となっている。
取引開始前に評価し、契約し、取引開始後もモニタリングし、定期的に再評価する。
つまり「サプライヤー評価」だけではなく、「第三者との取引ライフサイクル」全体を管理する発想である。
これは他業界にとっても重要なヒントになりうる。
サステナブル調達を年1回のアンケート業務にしてしまうのではなく、
“取引開始 → 契約 → モニタリング → 改善 → 再評価”
という通常の調達プロセスへ組み込んでいく。
一方、医薬品では高度な品質・規制管理とESG評価が別系統で運用されやすいという課題もある。
品質監査、人権、環境、供給リスクなどの情報を連携できれば、重複を抑えながら重大リスクを総合的に判断しやすくなると思われる。
4業界を比較すると見えてくる「横展開」の可能性
4業界には、それぞれ異なる強みがあります。
業界 | 特徴的な強み | 今後のポイント |
インフラ・エネルギー | 広いサプライヤーへの展開 | Tier2以降と監査・是正 |
電機・ICT・産業機器 | SAQ・監査・脱炭素支援の統合 | サプライヤーの評価負荷低減 |
消費財・素材・印刷 | 原材料までさかのぼるトレーサビリティ | リスク情報の統合 |
医薬品・ヘルスケア | 第三者リスクのライフサイクル管理 | 品質・ESG管理の連携 |
重要なのは、どの業界が優れているかではない。
“異なる業界で培われた優れた仕組みを、自社のサプライヤーマネジメントへ横展開できるかである。”
ここに業界横断分析の価値がある。
インフラ企業が消費財企業のトレーサビリティ手法から学ぶ。
製造業が医薬品の第三者ライフサイクル管理から学ぶ。
消費財企業がICT企業のリスクベース評価から学ぶ。
こうした「異業種からの学習」が、サステナブル調達を次の段階へ押し上げる。
サステナブル調達の次のテーマは「分断」をなくすこと
分析をさらに横断していくと、業界を問わず共通して立ちはだかる「5つの壁」が浮かび上がってくる。
それが、
1. Tier2以降の可視化
2. SAQから是正までの断絶
3. Scope 3データの品質
4. 救済メカニズムの実効性
5. ESG評価と調達判断の分断
である。
サステナブル調達の問題は、もはや「何もしていない」ことではない。
多くの企業がすでに多様な取り組みを始めている。
これから問われるのは、それぞれの活動をどうつなぐかである。
評価する。
リスクを特定する。
改善する。
再評価する。
そして調達判断を変える。
この一連の流れを、一つのサプライヤーマネジメントとして機能させることが必要になる。
次回は、サステナブル調達がなぜ「調査しただけ」で止まってしまうのか。
分析から見えてきた、業界共通の「5つの壁」を詳しく掘り下げます。
次回予告
第2回|SAQだけでは足りない――サステナブル調達を止める5つの壁
Tier2が見えない。
SAQを回収しても是正につながらない。
Scope 3の一次データが集まらない。
救済制度の実効性が見えない。
そして、ESG評価が実際の発注判断に使われない。
第2回では、サステナブル調達が「活動」で止まってしまう5つの構造的な課題を整理していく。
本記事について
本稿は、国内外大手企業の統合報告書、調達・購買部門の公式Webページ、サステナブル調達方針、人権デュー・ディリジェンス、環境・Scope 3、SAQ、監査・是正などに関する公開情報を横断的に分析したホワイトペーパーを基に再構成している。
本稿は、国内外大手企業の統合報告書、調達・購買部門の公式Webページ、サステナブル調達方針、人権デュー・ディリジェンス、環境・Scope 3、SAQ、監査・是正などに関する公開情報を横断的に分析したホワイトペーパーを基に再構成している。
個社の優劣を示すことを目的としていないため、本文では企業名、順位、個社スコアを匿名化している。
また、公開情報で確認できない企業内部の実務については推定せず、「公開情報上確認できる範囲」を対象に分析している。
主な参考文献・資料
1. 経済産業省「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」
2. OECD, OECD Due Diligence Guidance for Responsible Business Conduct
3. OHCHR, Guiding Principles on Business and Human Rights
4. GHG Protocol, Corporate Value Chain (Scope 3) Standard
5. OECD, Due Diligence Guidance for Responsible Supply Chains of Minerals from Conflict-Affected and High-Risk Areas
6. 国内大手企業各社のサステナブル調達・サプライチェーンマネジメント等の公式公開情報
執筆者
臼井 健一
NPO日本サプライマネジメント協会 理事 / 事務局長
1990年、東京電力株式会社入社。工務、企画、事業開発、技術業務革新、資材調達など、多岐にわたる事業領域で専門性を培う。国際調達および火力・水力・原子力発電設備の調達分野において、管理職・プロジェクトリーダーとして長年にわたり数々の調達改革を牽引。2025年、東京電力ホールディングス株式会社を定年退職。現在、NPO日本サプライマネジメント協会にて調達人材の育成とサプライマネジメント領域の高度化を推進中。M.Sc. (工学修士)