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資源エネルギー調達における不確実性のマネジメント ─ シナリオプランニングで再設計する調達戦略 ─

垣見 祐二

1. 不確実性が「常態」となった21世紀の資源燃料調達

筆者は20年以上にわたり、資源エネルギー分野での調達の最前線に身を置いてきた。中部電力での資機材調達、天然ガス販売、資源燃料調達、そして燃料・火力発電分野での東京電力との事業統合によるJERAの立ち上げ。その歩みは、常に「想定外」の事態に向き合い、既存の枠組みを壊して再構築をする過程であった。

資源エネルギー分野では21世紀の四半世紀を振り返るだけでも、従来の予測を根底から覆す出来事が相次いでいる。2005年頃、エネルギーの輸入国だった米国を輸出国へと変貌させた「シェール革命」。2011年、日本の電力需給を激変させた「福島第一原子力発電所事故」。2022年、欧州の天然ガス調達を根本から変えた「ロシアによるウクライナ侵攻」。さらに至近のイラン・中東地域を巡る地政学的緊張は、石油やLNG(液化天然ガス)の世界地図を書き換えつつある。

これらは決して一過性の出来事ではなく、「不確実性が常態である時代」への転換を示している。過去のデータに基づき、明確な目標を前提としたマネジメント手法の限界が明らかになった。有事はもはや「特殊な出来事」ではなく、戦略を立てる際の「前提」となったといえよう。

2. マネジメントが向き合うべき「不確実性」の4つのレベル

不確実性に対応するには、まずその「性質」を正確に分ける必要がある。ヒュー・コートニーが提唱した「不確実性の4つのレベル」は、我々が今どのような状況に置かれているかを分かりやすく示してくれる。

·    レベル1:確実に見通せる未来(一つの確実な予測が可能)

·    レベル2:他の可能性もある未来(主なシナリオと代わりの案で対応可能)

·    レベル3:起こりうる結果の範囲(範囲はわかるが、特定のシナリオに絞れない)

·    レベル4:全く読めない未来(シナリオを描く手がかりすら乏しい)

かつての電力用資機材の買い付けは「レベル1」あるいは「レベル2」として管理できた。しかし、現在のグローバルな資源燃料の調達は、経済性だけではなく、技術革新、環境規制、地政学が複雑に絡み合う「レベル3」から「レベル4」の領域にある。ここでは、目標達成型のPDCAサイクルではなく、未知の事態が起こることを組み込んだ「不確実性のマネジメント」への転換が必要だ。

3. シェル型シナリオプランニング ─ 「アイランズ」の顕在化

この高度な不確実性への対応において、シェル社の「シナリオプランニング」は極めて示唆に富む。その本質は、未来を当てることではなく、論理に矛盾のない複数の「世界の見方」を提示し、組織内で「共通の認識」を持つことにある。

「シェルのシナリオ(2021)」では、特徴の異なる3つの未来を提示している。

  • 「スカイ(Sky 1.5)」:脱炭素を最優先し、2050年までのネットゼロを目指す急進的な世界。

  • 「ウェイブズ(Waves)」:経済成長と環境対策が緩やかに進み、2100年頃にネットゼロを達成する世界。

  • 「アイランズ(Islands)」:各国が自国の利益や安全保障を優先し、国際協力が停滞する「分断された島々」の世界。

現下の情勢を踏まえれば、現実は「アイランズ」が顕在化しつつある。その世界では、「供給の安定」が最も重要になり、エネルギーは明確な「戦略物資」へと変わりつつある。

4. LNG調達戦略への転換 ─ 大局的な変化を「実務の備え」へ

大局的な「世界の見方」は、個別の事業戦略を決める「前提」となる。日本のエネルギー安全保障の核であるLNG調達において、この不確実性は、実務において具体的にどのような形で現れるのか。

資源エネルギー調達を行う企業は今、「エネルギー需要(脱炭素による需要抑制か、経済成長による需要増か)」「供給(米国LNGの供給、ロシアや中東からの供給はどうなるか)」「規制(脱炭素の進展速度はどうなるか)」という3つの主要な不確実性に直面している。これらを軸に、実務として備えるべき「3つの対極的なシナリオ」を整理する。

  • シナリオA:グリーン・アクセラレーション(加速する脱炭素)
    「スカイ」に対応する。LNG需要が早期にピークアウトする。そのため、ガス田やLNG液化設備などの上流投資や超長期LNG契約はリスクとなる。戦略の核は「資産の身軽さ」と、転売などを可能にする「契約の柔軟性」である。

  • シナリオB:長期的なブリッジ・ディケイド(緩やかな移行) 「ウェイブズ」に近い。アジアの新興国などで石炭からの燃料転換が進み、天然ガス・LNG需要が長期間にわたって堅調に推移する。LNG契約では超長期から短期までのバランス確保に加え、高度なトレーディング能力と価格差を利用した取引が収益の源泉となる。

  • シナリオC:地政学分断とエネルギー・ナショナリズム 「アイランズ」が現実化した世界。中東の紛争リスクやロシア産ガスの途絶により、物理的な供給確保が経済性を上回る価値を持つ。調達元の分散や、超長期売買契約の締結、資源権益確保が欠かせない。

5. 不確実性を乗り越えるための「組織」と「思考」

描いたシナリオを現実に動かすためには、個人の思考を組織の力に変える仕組みが必要である。

·    確率論的思考への転換 未来は一つではない。特定の供給源や契約だけに頼らない「選択肢(オプション)」を常に確保すること。一つの未来に賭けるのではなく、失敗を許容しながらしなやかに対応する姿勢こそが、不確実性への唯一の守りとなる。

·    「両利きの経営」による柔軟性の確保 未来の不確実性に対応するには、既存事業での効率化(深化)を追求しつつ、同時に新しい市場や組織能力(探索)を追い求めなければならない。JERAの設立は、既存の電気事業とは別に、資源トレーディングを始めとするグローバルなエネルギー企業への転換への挑戦であり、「両利きの経営」の実践であった。

·    戦略の動的モニタリング シナリオは作って終わりではない。現実がどのシナリオに向かっているのか、その「兆候」を常に監視し、戦略をその都度修正し続けるマネジメントの習熟が求められる。

結びに代えて

資源エネルギー企業の調達部門は、単なる「コスト削減の部署」ではない。企業の命運を握る「戦略の最前線」である。

こうした高度な戦略を支えるのは、実は地道な「情報の整理」である。筆者がかつて調達改革に奔走した際、痛感したのは、戦略的な判断を下すための「確かな土台」の重要性であった。データの不備を一つずつ正し、業務・管理プロセスを整理・整頓する地道な活動があって初めて、不確実な未来に対する迅速な意思決定が可能となる。

グローバルな荒波を乗り越えるために、固定的な計画に縛られるのではなく、変化を前提とした「しなやかな強さ」を持つサプライチェーンを設計し続けること。こうした組織能力こそが、不確実な時代を生きる企業の持続的な競争力を左右する。

 参考文献
・Hugh Courtney, Jane Kirkland, Patrick Viguerie (1997)「Strategy under
Uncertainty」『Harvard Business Review』Nov. 1997   
・ヒュー・コートニー、ジェーン・カークランド、パトリック・ビゲリー著、編集部訳(2009)「不確実性時代の戦略思考」『ハーバード・ビジネス・レビュー2009
年7月号』ダイヤモンド社
・シェル(2021)『エネルギー・トランスフォーメーション・シナリオ(Energy Transformation Scenarios)』Shell International BV.
・角和正和(2022年) 『シェルに学んだシナリオプランニングの奥義』日本経済新聞出版社
・田渕直也(2009年)『確率論的思考』日本実業出版社
・チャールズ・A・オライリー、マイケル・L・タッシュマン著、渡部典子訳(2019年)『両利きの経営』東洋経済新報社

執筆者

垣見 祐二

1952年生まれ
1977年中部電力入社
1997年同社資材部国際調達グループ課長
2008年同社執行役員燃料部長
2012年同社取締役専務執行役員
2015年JERA代表取締役社長
2019年同社社長退任
現在 和歌山大学経済学研究科客員教授
   バリューチェーンプロセス協議会(VCPC)理事

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