
サステナブル調達を、調達の経営貢献へ| 理念から現在地の把握、そして変革を動かすベンチマーキングまで(第1回)
青山 卓
サステナブル調達は、もはや環境配慮や社会要請への対応だけを意味するものではない。供給市場とサプライヤーを通じてリスクを先読みし、事業の持続性と競争力を高める、サプライマネジメントの重要な経営課題である。本シリーズでは、その本質と実践上の難所をひもときながら、日本サプライマネジメント協会のサステナブル調達エクセレンス研究会が進めるベンチマーキングの挑戦までを、3回にわたって紹介する。
シリーズ構成
第1回|サステナブル調達は、調達の何を変えるのか QCDを基盤に、ESGの視点をサプライマネジメントへ統合することで、調達の経営貢献がどのように広がるのかを考える。
第2回|なぜ、進めるほど難しくなるのか 多くの企業が直面する「自社の現在地が見えない」「次に何を優先すべきか分からない」という実践上の壁を掘り下げる。
第3回|現在地が見えれば、次の一歩が動き出す 協議会が開発を進めるベンチマーキングフレームワークの評価軸、成熟度の捉え方、そして企業変革へつなげる価値を紹介する。
まず第1回では、サステナブル調達が調達の役割そのものをどう変えようとしているのか、その輪郭から見ていきたい。
第1回サステナブル調達は、調達の何を変えるのか|QCDの先に広がる、サプライマネジメントの新たな経営貢献
気候変動、人権デューデリジェンス、Scope3、サプライチェーンの透明性。かつてはCSR部門や環境部門のテーマと見られていた課題が、いま次々と調達部門の前に現れている。だが、これは単に新しい管理項目が増えたという話ではない。問われているのは、サプライマネジメントを通じて、調達が経営にどのような価値を提供できるのかという、より大きなテーマである。サステナブル調達は、調達の経営貢献を次のステージへ押し上げる可能性を秘めている。
経営課題の多くが、サプライチェーンで交差する
企業経営を取り巻く風景は、この十数年で大きく変わった。半導体不足に象徴される供給制約、地政学リスクによる調達環境の変化、エネルギーや原材料価格の高騰、気候変動がもたらす事業リスク、そして人権や労働環境に対する社会的関心の高まり。一見すると別々の問題に見えるが、調達の視点から眺めれば、その多くはサプライチェーンという一本の線でつながっている。
どれほど優れた製品や技術を持っていても、必要な原材料や部品が届かなければ事業は動かない。どれほど高い収益力を誇っていても、サプライチェーンのどこかで重大な人権侵害や環境問題が発生すれば、企業の信用は大きく揺らぐ。さらに、脱炭素や循環経済への転換が進むなか、従来の供給構造を維持するだけでは、将来の事業機会を逃す可能性もある。
企業の成長を左右する重要な論点は、もはや自社の内側だけに存在するのではない。供給市場にあり、サプライヤーとの関係にあり、その先へ連なるサプライチェーン全体に広がっている。だからこそ、サプライチェーンは経営の表舞台に立ち、調達部門にはこれまで以上に戦略的な役割が期待されるようになったのである。
QCDは変わらない。しかし、QCDだけでは足りない
調達部門は長年にわたり、品質、コスト、納期、すなわちQCDの最適化を担ってきた。適切な品質を確保し、競争力のある条件で購入し、必要な時期に確実に供給する。この役割が企業活動の根幹を支えてきたことに疑いはなく、今後もQCDが調達の基本であり続けることに変わりはない。
しかし、経営が調達に期待する価値は、すでにQCDの範囲を超えて広がり始めている。供給途絶を予防し、事業継続性を高めること。市場や技術の変化を先読みし、経営に新たな選択肢を示すこと。優れたサプライヤーとの協働によって、製品やサービスの差別化を後押しすること。さらには、サプライチェーンに潜む環境・人権・コンプライアンス上のリスクを早期に捉え、経営上の損失を未然に防ぐことも含まれる。
日本サプライマネジメント協会が「調達」ではなく「サプライマネジメント」という言葉を用いる意味も、ここにある。サプライマネジメントとは、モノやサービスを購入する実務の言い換えではない。供給市場を理解し、外部資源を戦略的に活用し、サプライヤーとの関係を設計することによって、経営成果に貢献する一連の活動である。
近年、「調達の経営貢献」が改めて注目される背景には、こうした役割の拡張がある。コスト削減額だけでは、調達が生み出す価値の全体像を捉えられない。供給の安定化、リスクの低減、サプライヤーとの共創、イノベーションの創出までを含め、調達が経営に何をもたらすのかを、より広い視野で考える時代に入っている。
サステナブル調達は「環境に配慮して買うこと」なのか
では、調達の経営貢献という文脈において、サステナブル調達とは何を意味するのだろうか。
環境負荷の小さい製品を選ぶこと、温室効果ガス排出量の少ないサプライヤーから調達すること、再生可能エネルギーの利用を取引先に求めること。これらは確かにサステナブル調達の一部である。しかし、サステナブル調達を環境配慮型購買としてのみ捉えると、その可能性を大きく狭めてしまう。
サステナブル調達が向き合う対象は、環境だけではない。人権、労働安全、公正な取引、腐敗防止、コンプライアンス、地域社会への影響、さらには供給網のレジリエンスまでを含む。つまり、調達判断に環境・社会・ガバナンスの視点を組み込み、サプライチェーンをより持続可能で、より強靭なものへと進化させることが、その本質である。
ここで重要なのは、サステナブル調達がQCDに代わる新しい基準ではないという点だ。QCDを揺るぎない基盤としながら、そこにESGの視点を統合し、短期的な取引条件だけでなく、中長期的な供給の安定性や社会への影響までを見渡す。いわば、調達判断の時間軸と視野を広げる取り組みなのである。
目先の価格だけでなく、将来の供給リスクを見る。取引先の現在の能力だけでなく、変化への対応力を見る。契約の成立だけでなく、その取引が社会や事業の持続性に何をもたらすかを見る。
サステナブル調達が調達部門にもたらす最大の変化は、この「視野の拡張」にあるのかもしれない。
Scope3が調達を主役にする
気候変動対応を例に取ると、その構造は一層分かりやすい。自社が直接排出する温室効果ガスを削減するだけでは、企業全体の脱炭素は完結しない。原材料の生産、部品の製造、物流、製品の使用や廃棄など、サプライチェーン全体へ目を向ける必要がある。
そこで主役になるのが調達部門である。サプライヤーに排出量の把握や削減を一方的に求めるだけでは、実効性のある変化は生まれにくい。どの品目や工程に大きな影響があるのかを見極め、サプライヤーと課題を共有し、必要に応じて技術やデータを持ち寄りながら改善策を探る。この一連の動きは、従来の購買管理というより、サプライヤーとの協働によるサプライマネジメントそのものである。
人権対応についても構造は同じだ。取引条件に行動規範を付け加えるだけでなく、どこに重大なリスクが潜み、どのような関与や支援が改善につながるのかを見極めなければならない。サステナブル調達は、サプライヤーを「評価する対象」から「ともに供給基盤をつくるパートナー」へと捉え直す契機にもなる。
「守る調達」から「未来をつくる調達」へ
サステナブル調達には、まず守りの価値がある。法規制への対応、人権侵害や環境問題の予防、レピュテーションリスクの低減、供給途絶への備えなどは、企業が事業を継続するうえで欠かせない。問題が発生してから対処するのではなく、サプライチェーン上の兆候を早期に捉え、経営が打てる手を増やしておくことは、調達だからこそ果たせる重要な役割である。
だが、サステナブル調達の面白さは、守りだけでは終わらないところにある。環境負荷の低い原材料や製造方法をサプライヤーと共同で開発すること、製品の再利用や再資源化を前提とした循環型の供給モデルを設計すること、サプライヤーが持つ技術や知見を新たな事業機会へ結び付けることも、サステナブル調達が生み出し得る価値である。
社会的な要請を制約条件として受け止めるのか、それとも供給市場とともに新しい解を生み出す機会として捉えるのか。その姿勢の違いによって、調達の経営貢献は大きく変わる。
サステナブル調達は、調達部門を「問題を防ぐ機能」から「未来の供給基盤をつくる機能」へと進化させる。
そこに、サステナブル調達を経営テーマへと押し上げる力がある。
ESGを目的にしない
サステナブル調達は、しばしばESG活動の一領域として説明される。しかし、サプライマネジメントの立場から考えるなら、ESGそのものを目的に据えるべきではない。
調達が目指すのは、経営に対する貢献を高めることである。そのために環境、人権、社会、ガバナンスの視点を取り込み、より安定的で、より強靭で、より将来性のある供給基盤を構築する。ESGはその判断を支える重要な視点であり、サステナブル調達は、それを実務として動かすアプローチなのである。
QCDを確実に担保しながら、リスクを先読みし、サプライヤーと未来をつくる。そこまで踏み込んだとき、サステナブル調達は「追加されたESG業務」ではなく、調達の経営貢献を次のステージへ引き上げる挑戦として見えてくる。
もっとも、理念に納得することと、実際に推進することは同じではない。多くの企業がすでに動き始めている一方で、「何をどこまで進めればよいのか」「自社の取り組みは十分なのか」「他社と比べて、どの位置にいるのか」という新たな悩みも生まれている。
動き始めたからこそ、見えてきた壁がある。
次回第2回では、サステナブル調達の実践を阻む課題に踏み込み、なぜ多くの企業が真剣に取り組みながらも、なお確信を持てずにいるのかを考えてみたい。
執筆者
青山 卓
PwCコンサルティング合同会社
Supply Managemet シニアマネージャ
大手外資ITベンダー、国内購買業務支援企業、国内総合コンサルティングファームを経て、PwCコンサルティングに参加。
多種多様な大手企業の大規模システムに係る構築、運用などのコスト削減を中心に、幅広い領域の物品、サービス品目のコスト削減創出に従事。あわせて、調達部門の組織、機能の改編、制度プロセスの再設計、人材配置、人財育成戦略など、調達・購買領域に係る数多くの調達・購買領域のBPRプロジェクトを牽引。
当該領域に係る多くの経験から、管理購買手法、購買プラットフォーム、購買データの利活用についての知見も有する。
共同執筆著書:経営のための「調達」(中央経済社)
主たる参画プロジェクト
• 官公庁企業の入札制度改革、基本計画~システム導入、展開、ソーシング実行支援、購買集約のための組織、機能改編策立案
• 大手GMS(中国法人)、調達機能会社の組織開発+事業計画立案、中国アセアン地域における店舗資材ソーシング戦略の策定、実行支援
• 流通コングロマリットのグループ調達機能改革、(戦略・制度・プロセス・IT) 、調達事業会社と調達機能会社の業務再編スタディ、調達システム統廃合にかかる基本計画、要件定義
• 大手GMSの次期POSシステム調達仕様書策定、ベンダ選定、IT運用費削減
• 外資飲料メーカーの調達機能会社の機能定義とビジネスプラン立案
• 大手旅行代理店、業務統合、調達シナジー効果の分析と実行戦略
• 医薬機器事業者間接材コスト削減プロジェクト
• 大手非鉄メーカ間接材コスト削減プロジェクト
• 大手百貨店間接材調達コスト削減実行支援
• グローバル企業ERP(S/4)刷新プロジェクト 調達ファイナンス領域PM
• 大手商社IT運用委託費適正化プロジェクト
• 大手自動車メーカー工場構内物流適正化