ISM Japanでは、現在7つのテーマ別研究会を展開し、サプライマネジメントの高度化に向けた実践的な議論を進めている。今回から、その各研究会の活動内容と最新の検討テーマを順次紹介していく。第1回は、「D. 経営貢献調達研究会」。同研究会が追求しているのは、調達を“コスト削減部門”にとどめず、事業成長や競争力強化、安定供給、サステナビリティに貢献する経営機能として再定義することだ。2026年6月、PwC主催フォーラムにおいて、当協会代表理事および研究会メンバーがパネルディスカッション「経営のための調達DX」に登壇した。本記事では、当日の議論を通じて共有された、調達ROI、経営貢献の可視化、BI・AI活用といった最新テーマを紹介する。研究会で交わされている“いま最も熱い議論”から、これからの調達のあり方を読み解く。
パネルディスカッション「経営のための調達DX」の登壇者。左から北川卓史氏(東京ガス)、久原勇作氏(ISM Japan代表理事)、堀越英樹氏(東京電力ホールディングス)、小山元氏(PwCコンサルティング)、向井沙央理氏(PwCコンサルティング)。右端は議論の土台となった書籍『経営のための「調達」 見落とされてきた活用戦略」』。
コロナ禍以降、調達・購買を取り巻く環境は大きく変わった。インフレ、地政学リスク、供給網の寸断、そしてESGへの要請——。こうしたなかで、調達部門に求められる役割はコスト削減だけにとどまらなくなっている。2026年6月15日、PwCコンサルティング合同会社主催のフォーラムで開かれたパネルディスカッション「経営のための調達DX」には、特定非営利活動法人 日本サプライマネジメント協会(ISM JAPAN)の研究会と、東京電力ホールディングス・東京ガスの実務家が登壇した。本稿では登壇者の協力のもと、当日の議論をふりかえりながら、その背景にある問題意識を整理する。
登壇したのは、ISM JAPAN代表理事の久原勇作氏、東京電力ホールディングス 調達部 調達戦略グループ マネジャーの堀越英樹氏、東京ガス 資材部 資材グループ マネージャーの北川卓史氏。ファシリテーターはPwCコンサルティング合同会社の向井沙央理氏(シニアマネージャー)と小山元氏(ディレクター)が務めた。
サプライマネジメントとは何か
久原氏はまず、そもそもの言葉の定義からふりかえる。
「サプライチェーン」は知られていても、なぜ米国では「サプライマネジメント」と呼ぶのか。久原氏は、調達・購買組織を単にモノを獲得する機能ではなく、戦略的に供給を管理する機能と捉える——その発想からこの言葉が生まれたと説明した。
久原 勇作 ISM JAPAN代表理事
ISM JAPANは、米国に本部を置くISM(Institute for Supply Management)の日本支部にあたる。
なぜ今「経営のための調達」か
PwCの小山氏は、議論の前提となる環境変化をこう整理する。かつて調達部門が会社から求められる最大のミッションはコスト削減だった。しかしコロナ禍と、その後の紛争・インフレ・地政学リスクを経て、状況は一変したという。モノの価格が上がり、コスト削減だけでは立ち行かない。供給が途絶えれば事業そのものが止まる。さらにESGや社会的要請への対応も問われる。小山氏は、目の前の事象に対応するだけでなく「いかに先回りして供給を確保するか」が重要になっていると指摘する。
向井氏も、実務支援の現場で同じ変化を感じているという。
コスト削減は依然として重要だが、いまはそれ以上の貢献が求められている——向井氏はそう指摘した。物が手に入らない、あるいは事業競争力を高めるためにサプライヤーとの関係をどう築くか。そうした相談が、コロナ後に大きく増えたという。
向井 沙央理氏 PwCコンサルティング シニアマネージャー(ファシリテーター)
「調達ROI」という発想
議論の中心に置かれたのが、調達の貢献度を測る「調達ROI(Return on Investment)」という指標だ。これは2年前にPwCが上梓した書籍でも提示された考え方だという。小山氏の説明によれば、分母には調達活動にかかったヒトの工数やシステム費用・投資を、分子には調達が生み出した成果を置く。成果は次の4領域で捉える。
A コスト削減 —— 従来から測りやすい領域
B 成長機会への貢献 —— 供給確保による売上・新製品への寄与
C 競争力への貢献 —— サプライヤーを巻き込んだ共同開発・イノベーション
D ESG・社会要請への対応 —— 持続可能で適正な調達
小山氏は、BやCに取り組むことは非常に大事だが、いざ評価となると会社はわかりやすいA(コスト削減)ばかりを見てしまい、現場が努力しても貢献が伝わらないと語った。
調達を単に費用を下げる機能ではなく、「企業価値そのものに貢献する機能」として再定義できないか——それが研究会の問題意識である。
経営と現場の「断絶」をどう埋めるか
向井氏は、経営が見る指標(売上・利益・コスト)と、調達現場が日々行う活動(相見積もり、競争入札、新規サプライヤー開拓など)とが「断絶している」ことが最大の課題だと指摘する。両者をつなぐ鍵は、現場の活動成果を「経営貢献」として定量評価すること。しかもそれは件数ではなく、「いくら企業に貢献したのか」という金額で示すことだという。
東京電力の堀越氏は、自社でも調達ROIに近い取り組みを行ってきたと明かす。ただし当初は分子がコスト削減のみだった。
そのうえで堀越氏は、コスト削減も重要だが、不確実性が高まるなかで安定調達の重要性が増していると説明。電力の安定供給に支障をきたしかねない工事の施工力や資材をどう確保するか、その価値の定量化を、まさに研究会で模索しているところだと述べた。
堀越 英樹氏 東京電力ホールディングス 調達部 調達戦略グループ マネジャー
東京ガスの北川氏も、競争入札比率などの従来指標に加え、バリューエンジニアリングや上流購買といった新しい貢献をどう指標化するかが課題だと語った。
コスト削減から「コスト効率性」へ — ISMの視点
経営と調達のギャップを埋める糸口について、久原氏はISMの観点から「コストエフィシエンシー(コスト効率性)」という考え方を示した。
コスト削減を中心に経営と対話すると、特に間接材を担う担当者は大きな苦労を強いられる。久原氏によれば、ISMが重視するのはコストの効率性、すなわちインプットとアウトプットの関係であり、モノの購入価格そのものは全体費用の3分の1ほど、残りの3分の2は所有、組織及び契約に関わる部分だという。
日本と欧米の違いについて久原氏は、米国ではコストだけをテーマにする考え方はほとんどなく、品質・納期・柔軟性といった指標は各社のブランドやミッションによって変わると説明する。経営のマインドセットを変えるには、会社自身の価値提案に加えて、調達部門としての価値提案(バリュープロポジション)を示す必要があると指摘した。
成長機会(B)への貢献 — 東電・東ガスの実践
当日の議論では、4領域のうち「B:成長機会への貢献」にも焦点が当てられた。一見、調達は売上から遠い機能に見えるが、両社の事例はその距離を縮める。堀越氏がふりかえって挙げたのはデータセンターだ。
堀越氏によれば、今後の電力需要の伸びの中心となるデータセンターでは、いかに早期に稼働できるかが重要になる。ケーブルなどの重要資材や施工力の確保が鍵を握り、稼働が遅れるほど新たな電力需要そのものが生まれない。だからこそ、その調達活動の経営貢献度を可視化したいという。
北川氏は、供給の安定性という観点を挙げる。
首都圏は人口減少で仕事量が減る一方、インフラの老朽化が進み、供給の安定性の重要さはむしろ増している。たとえば材料が確保できなければ1日でいくらの損失になるのか——金額に換算して評価しようと試みているという。
北川 卓史氏 東京ガス 資材部 資材グループ マネージャー
調達による安定供給を、機会損失の回避額として可視化する。これもまた、Bの貢献を金額で語る試みである。
「DX」の本丸 — BI/AIで貢献を可視化する
では「調達DX」とは何か。小山氏は、研究会がまさにB・C・Dの計算式づくりに取り組んでいる段階だと明かす。各領域を構成要素に分解し、一つひとつに計算式を与えていく地道な作業だ。そこで次の一手がBI/AIの活用だという。情報を自動で収集・計算し、貢献度を点数化する。
たとえば調達ROIが前年の2.0から改善後に2.6へと変化したことを、一瞬で示せるようにしたい——小山氏はそう述べた。目標の3.0に0.4足りなければ、計算式のどこが弱いかをたどって改善すればよい、という(数値はいずれも説明のための例示)。
小山 元氏 PwCコンサルティング ディレクター(ファシリテーター)
ただし、すべてを自動化するわけではない。
データを集めて計算するところはBIやAIに任せる一方、それを見て次の「打ち手」を考えるのはやはり人間だと小山氏は言う。人間が考える時間をより多く使えるよう、調達の仕事そのものをトランスフォーム(変革)したいという。
結び — KPIを経営の「共通言語」に
久原氏は、調達コミュニティを束ねる立場から、今後の展望をこう語る。
経営はビッグピクチャーを見ており、調達が事業全体にどう貢献するのか、その絵姿をどう見せるかが問われる——久原氏はそう述べた。そして、基調講演で語られた「貨幣は信用を測るコミュニケーションツール」という見立てになぞらえ、KPIをいかに「見える化」し、コミュニケーションの道具とできるかが鍵だと指摘した。最終的にサプライマネジメントとは戦略的に供給を支援・管理する仕事であり、コスト削減はそのうちの一つにすぎない、と締めくくった。
久原氏によれば、ISM JAPANの研究会は現在7つのテーマで活動しており、調達の高度化、CPO、人材教育、ESG、若手バイヤー、女性活躍推進などを扱う。参加は約23社・70名にのぼるという。セッションの締めくくりには、議論の土台となったPwCの書籍——『経営のための「調達」見落とされてきた活用戦略』——が紹介された。
調達を「コストの番人」から「経営の共通言語を持つ機能」へ。帝国ホテル東京での40分間は、その再定義に向けた現在地と道筋を示すものとなった。
※ 本記事は、登壇者の協力のもと、パネルディスカッション後にテーマをふりかえる形でまとめたものです。
執筆者
臼井 健一
NPO日本サプライマネジメント協会 理事 / 事務局長
1990年、東京電力株式会社入社。工務、企画、事業開発、技術業務革新、資材調達など、多岐にわたる事業領域で専門性を培う。国際調達および火力・原子力・水力発電設備の調達分野において、管理職・プロジェクトリーダーとして長年にわたり数々の調達改革を牽引。2025年、東京電力ホールディングス株式会社を定年退職。現在、NPO日本サプライマネジメント協会にて調達人材の育成とサプライマネジメント領域の高度化を推進中。M.Sc. (工学修士)
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