
調達BCPを「計画」から「経営のレジリエンス」へ ――見えないTier Nを捉え、変化に対応できるサプライチェーンをつくる|全3回(その2)
小山 元
前回(その1)では、サプライチェーンの効率化が新たな脆弱性を生んだ背景と、調達レジリエンスを構成する5つの要素、そして「Tier N視点」の重要性について解説しました。第2回となる本稿では、実際に調達リスクを生む要因を整理したうえで、レジリエンスを高めるための実務的な4つのステップと、デジタル化の活用方法を取り上げます。
3.What:何が調達リスクを生むのか
調達リスクは、次の四つの観点で整理すると理解しやすくなります。
3-1 供給者リスク
サプライヤー自身の経営悪化、設備故障、品質問題、労務問題、サイバー攻撃などです。財務情報や監査結果だけでは、実際の生産余力や復旧能力まで把握できない場合があります。
3-2 地域・拠点リスク
地震、洪水、台風、干ばつ、停電、感染症、政変など、サプライヤーが所在する地域に起因するリスクです。特定地域への集中度が高いほど、同時被災の可能性が高まります。
3-3 物流・インフラリスク
港湾混雑、航路閉鎖、輸送能力不足、通関規制、燃料価格高騰などが該当します。製造拠点が分散していても、輸送経路が一つに集中していれば、供給は止まり得ます。
3-4 需要・制度・市場リスク
需要の急変、輸出規制、関税、制裁、環境規制、人権デューデリジェンスなどです。従来は供給側の問題として扱われていたテーマも、現在は経営戦略やコンプライアンスと結びついています。
これらのリスクは相互に関連します。例えば、異常気象による工場停止が物流遅延を引き起こし、原材料不足と価格上昇につながることがあります。その結果、代替調達を行おうとしても、他社の生産能力が不足しているという事態が起こり得ます。
4.How:調達レジリエンスを高める実務ステップ
Step 1 「何が止まると困るのか」を定義する
最初から全品目、全サプライヤーを対象にすると、情報収集も対策も進みません。まずは事業影響の大きい製品・サービスを特定することが重要です。
その際、単価の高い品目だけを重要品目と考えてはいけません。単価は低くても、代替できない部品や、欠けると生産ライン全体が止まる部品が存在します。
評価項目としては、以下が考えられます。
供給停止時の売上・利益への影響
代替品・代替サプライヤーの有無
代替切替に要する期間
認証・品質承認の難易度
在庫で吸収できる期間
製造工程上の不可欠性
地域・国・物流経路への集中度
Tier N以降の依存度
顧客や規制上の重要性
これらを用いて、品目をA、B、Cなどに分類します。Aランクの品目から、より深い可視化と対策を実施します。
Step 2 供給ネットワークを可視化する
次に、直接取引先だけでなく、重要品目の供給経路をたどります。
最低限、以下の情報を把握したいところです。
サプライヤー名と製造拠点
品目、工程、使用原材料
生産能力と余力
主要な設備・金型・ライン
原材料の調達先
物流ルートとリードタイム
代替拠点・代替サプライヤー
在庫水準と供給可能期間
復旧に要する期間
認証・承認に必要な期間
情報が集まらない場合、サプライヤーに一律の調査票を送るだけでは十分ではありません。調査目的を説明し、重要品目に絞って段階的に確認する必要があります。また、サプライヤー自身が保有する情報と、二次・三次サプライヤーの情報を混同しないよう、情報の出所と更新日を記録することが重要です。
ここで有効なのが、サプライチェーンをネットワークとして表現する方法です。企業、拠点、品目、原材料、物流経路をノードとし、取引や依存関係を線で結びます。これにより、単一障害点、集中拠点、共通原材料、共通物流経路を発見しやすくなります。
Step 3 リスクを「発生確率×影響度」だけで評価しない
一般的なリスクマトリクスでは、発生確率と影響度を掛け合わせて優先順位を決めます。しかし、調達リスクでは、もう一つ重要な軸があります。それは「発見から対応までの時間」です。
発生確率が低くても、発生した瞬間に供給が止まり、代替切替に一年かかる品目は、優先的に対策すべきです。
実務では、次のような指標を併用するとよいでしょう。
供給停止時の影響度
発生可能性
代替調達までの期間
在庫による吸収可能期間
リスクの検知可能性
復旧に必要な期間
特に重要なのは、在庫日数と代替切替期間の比較です。代替切替に180日かかるのに、在庫が30日しかないのであれば、供給停止後に検討を始めても間に合いません。平時から代替承認、設計変更、在庫政策、契約などを準備する必要があります。
Step 4 対策を「分散」「代替」「在庫」だけで終わらせない
調達レジリエンスの対策には、複数の選択肢があります。
①調達先・生産拠点を分散する
複数購買や地域分散は有効ですが、単純な二社購買では不十分です。両社が同じ原材料や設備に依存していないか、同じ地域に集中していないかを確認する必要があります。
②代替品・代替工程を開発する
仕様を見直し、複数の材料や部品を使用できるようにします。調達部門だけでなく、設計、品質保証、生産技術、営業との連携が不可欠です。
③戦略在庫を設計する
在庫はコストではありますが、供給停止時の時間を買うことができます。重要なのは、すべてを一律に積み増すのではなく、代替切替期間、需要変動、保管条件、陳腐化リスクを踏まえて、品目ごとに設計することです。
④生産能力・金型・設備を複線化する
サプライヤーの設備投資や金型保有状況を確認し、必要に応じて共同でバックアップ能力を確保します。発注企業が金型や専用設備を保有し、複数拠点で使えるようにする方法もあります。
⑤契約・商流を見直す
非常時の優先供給、情報開示、在庫保有、代替生産、復旧計画などを契約や覚書に盛り込みます。価格だけでなく、危機時の協力条件を合意しておくことが重要です。
⑥サプライヤーと協働する
サプライヤーを単に評価・監査する対象と見るのではなく、共同でリスクを低減するパートナーと位置づけます。中小サプライヤーの場合、情報セキュリティ、BCP、脱炭素などの要求を一方的に課すと、取引関係そのものが不安定になることもあります。実行可能な改善計画をともに作る姿勢が求められます。
5.デジタル化は「見える化」ではなく「意思決定」に使う
調達レジリエンスの向上において、デジタル技術は重要な役割を果たします。ただし、システムを導入してデータを集めるだけでは、成果につながりません。
重要なのは、データを意思決定に結び付けることです。
例えば、次のような情報を統合できれば、リスクへの対応は大きく変わります。
サプライヤー、拠点、品目、原材料の関係
発注残、在庫、輸送中在庫
生産能力と稼働状況
地震、台風、洪水、干ばつなどの外部情報
港湾・航路・通関の状況
財務、倒産、信用情報
サイバー攻撃やセキュリティ情報
規制、制裁、輸出管理情報
人権・環境に関する情報
これらを統合し、「どのリスクが、どの品目に、いつ、どの程度影響するのか」を把握できれば、単なるアラートではなく、対応候補を検討できるようになります。
例えば、ある地域で大規模災害が発生した場合、次のような問いに答えられることが望ましいでしょう。
当該地域にある拠点はどこか
その拠点から供給される品目は何か
何日分の在庫があるか
どの製品に影響するか
代替サプライヤーは存在するか
代替切替には何日かかるか
物流ルートを変更できるか
顧客への影響はどの程度か
経営会議で何を決める必要があるか
このような仕組みを構築する際には、情報を常に更新し続ける「動的なデジタルサプライチェーン」の発想が重要です。サプライチェーンの情報は、一度作成した台帳を年一回更新すれば足りるものではありません。サプライヤーの変更、製造拠点の移転、原材料の変更、物流ルートの変化などを継続的に反映する必要があります。
ただし、すべての情報をリアルタイム化する必要はありません。重要なのは、意思決定に必要な情報を、必要な頻度で、信頼できる状態に保つことです。
次回(その3:最終回)では、半導体不足の事例から得られる教訓を踏まえたケーススタディと、レジリエンスを組織に定着させるための体制・KPI、そして調達担当者が明日から取り組める具体的なアクションを紹介します。
執筆者
小山 元
PwCコンサルティング合同会社
ディレクター
大手製造業、調達購買専門ファーム、国内総合コンサルティングファームと、Supply Managementを軸にキャリアを構築。MBA修了後、現職に至る。現在、PwCコンサルティングにてIndustry Transformation / Supply Management CoEをリードし、クロスインダストリーで調達高度化を推進。 【専門領域】調達・購買領域を軸に、調達高度化、コスト最適化、BPR/BPO、DXを活用した業務改革まで、戦略策定から実行・定着化まで一気通貫で全社・グローバル横断の変革を支援。 【対象業界】通信、半導体、製造、金融、小売、サービス、非鉄金属等。近年はグローバル営業展開、工場DX、調達改革、EC購買事業戦略等のプロジェクト等、多数リード。 【社外活動】国立大学・NPO法人との共同研究会をリード。 著書 : 『経営のための調達』。セミナー・講演実績多数。
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