
優れた実務を「個人の経験」で終わらせず、プロセス・データ・教育・ガバナンスへ変換する。それが、強い調達組織をつくる出発点になる。
3回連載の狙い
調達部門の実力は、何で決まるのだろうか。価格交渉に強いバイヤーがいることか。高度な購買システムを導入していることか。それとも、サプライヤーとの長年の関係だろうか。答えは、そのどれか一つではない。
本連載では、日本サプライマネジメント協会(ISM Japan)の「B2.調達スキル・ベンチマーキング研究会」の活動を通じ、異なる業界の調達実務家が互いの取り組みを比較することで見えてきた、調達組織の共通課題と次に進むための方向性を3回に分けて読み解く。
16 | 69 | 8回 | 2テーマ |
━ 全3回の構成
01 その1|調達スキルは「個人技」から「組織能力」へ
02 その2|交渉力の差は「交渉前」に生まれている
03 その3|ベンチマークを「組織改革」へ変える
SERIES 01 / 03
その1|調達スキルは「個人技」から「組織能力」へ
結論から言えば、調達スキルのベンチマーキングで本当に測るべきものは、「優秀なバイヤーが何人いるか」ではない。優れた判断や行動を、組織として再現できる状態になっているかである。
━ 異業種の実務家が、調達の「現在地」を持ち寄る
B2.調達スキル・ベンチマーキング研究会が目指しているのは、単純な企業ランキングではない。グローバル標準であるISM Mastery Model™を活用し、自社の調達組織能力を客観的かつ定量的に把握できる仕組みをつくることにある。
研究会では、各社が実際に行っている施策や事例を持ち寄る。そこからベストプラクティスを抽出し、他社との比較によって自社の強みと改善機会を明確にする。さらに診断だけで終わらせず、人財育成や組織能力向上に向けたアクションにつなげる。この「評価→比較→学習→改善」という流れこそ、研究会の最大の特徴だ。
2026年は3月から12月まで全8回を計画。メンバー企業の会議室を持ち回りながら、対面とオンラインを組み合わせて議論を進めている。業種も事業構造も異なる企業が集まるからこそ、「自社では当たり前」と考えていた運用が、実は他社ではまったく違うことに気付く。そこに、社内ベンチマークだけでは得られない価値がある。
「どちらの会社が優れているか」ではない。重要なのは、違いが生まれている理由を理解し、自社が次に何を変えるべきかを発見することだ。
━ 研究会を動かすメンバー
研究会には、製造業、エネルギー、航空、印刷・情報、消費財、IT・サービスなど異なる事業環境を持つ企業の実務家が参加する。2026年5月時点の体制は以下の通りである。
役割 | 氏名 | 所属 |
リーダー | 河原氏 | リコー |
サブリーダー | 堀越氏 | 東京電力 |
サブリーダー | 横田氏 | オリンパス |
事務局 | 臼井氏 | ISM Japan |
メンバー | 守屋氏 | 大日本印刷(DNP) |
メンバー | 坂氏 | オリンパス |
メンバー | 小谷氏 | リコー |
メンバー | 重藤氏 | 東京電力 |
メンバー | 北本氏 | サンスター |
メンバー | 神谷氏 | ジャムコ |
メンバー | 小泉氏 | 楽天 |
※敬称略。個社の詳細な課題については、公開記事化にあたり必要に応じて匿名化・集約している。
━ 「調達スキル」を16領域で捉え直す
研究会が評価軸として利用するISM Mastery Model™は、調達・サプライマネジメントに求められる能力を広く捉え、研究会資料では、6の大分類と69の中分類で整理されている。
対象は交渉だけではない。カテゴリーマネジメント、コスト・価格管理、財務分析、法務、品質、リスク、ソーシング、SRM、サプライチェーンプランニング、システム能力と技術など、調達活動を成立させる能力群を横断して評価する。
また、能力を単純な「できる・できない」で判断しない点も重要だ。ISM Mastery Model™では、Essentials、Experienced、Leadership、Executive Leadershipという段階を通じて、より高度な役割へ能力がどう発展するかを捉える。
たとえば交渉であれば、見積価格を比較できる段階と、市場分析やコスト構造を踏まえて交渉戦略を設計できる段階、さらに組織として交渉能力を高める段階では、求められるものがまったく異なる。
━ 最初のベンチマークで浮かび上がった「デジタルの壁」
2025年の活動では、各社の自己評価から特徴的な差が見えた。相対的に評価が高かったのが「企業の社会的責任(CSR)と倫理」。一方、低い傾向が見られたのが「システム能力とテクノロジー」だった。
図1|2025年ベンチマーク:CSR・倫理とシステム能力の成熟度比較
出所:2025年度研究会資料およびベンチマーキング集計。参加企業名はA~E社として匿名化。
CSRや倫理では、ガイドライン、コンプライアンス教育、人権方針、サステナブル調達アンケートなど、制度やルールの整備が進んでいる企業が多い。
対照的にシステム領域では、品目カテゴリー分類の精度、仕入先名称やメーカー情報などのデータ品質、国内外拠点間でのシステム統一、ERPとの連携、間接材支出の可視化、DX・AI教育などが共通論点として浮上した。
図2|「システム能力とテクノロジー」で浮かび上がった5つの共通課題
出所:2025年度研究会のベストプラクティス整理をもとに編集部再構成。
ベンチマーキングからの示唆
システム能力の問題を「ITツール不足」とだけ捉えてはいけない。データ定義、業務プロセス、教育、ガバナンスまで含めた“運用設計”の問題として見る必要がある。
ここで重要なのは、低い評価をネガティブに捉えないことだ。弱い領域が分かれば、改善投資の優先順位が見える。逆に評価が高い領域では、なぜ高いのかを掘り下げることで自社のベストプラクティスを明文化できる。
つまり、ベンチマーキングとは点数を付ける活動ではない。「自社の調達が、なぜ今の状態になっているのか」を説明可能にする活動なのである。
次回 (その2)「交渉力の差は「交渉前」に生まれている 」では、実務の中心ともいえる「交渉」を比較すると何が見えるのか。次回は、2026年の重点テーマである交渉を取り上げる。各社の違いを横串で見ると、交渉力の差は交渉テーブルに着く前からすでに生まれていることが分かってきた。
編集:NPO日本サプライマネジメント協会(ISM Japan)
調達スキル・ベンチマーキング研究会編集チーム
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