
企業の競争優位は、なぜSupply Managementで決まるのか ― AI時代の大学教育とCPSM®から考える競争戦略 ―(最終回/連載3回)
久原 勇作
第3回 AI時代のSupply Management Professionalを、どう育てるのか
第1回では、Supply Management機能は調達購買活動から始まるのではなく、
Mission → Value Proposition → Core → Competitive Advantage → Supply Management
という企業戦略の流れから設計されるべきであることを論じました。
※Supply Managementの定義はCPSM講座第1回:調達組織の英語の名称で悩んだことはありませんか? を参照ください。
第2回では、Everyday Low Price(EDLP)、Just in Time(JIT)、Luxury Brandを例に、企業固有の競争優位が異なれば、Supply Managementの戦略も、サプライヤーとの関係も、AIへ与えるデータも異なることを示しました。
体系的な知識基盤なしでAIと共存すると、AIは「部分最適」も高速に追求してしまうリスクがあります。
だからこそ人間には、体系的知識基盤のもと、企業固有の競争優位から独自の戦略を構想し、AIへ与える目的、データ、制約条件、評価基準を設計する能力が必要になります。
では、そのようなSupply Management Professionalを、どのように育てればよいのでしょうか?
7 Supply Management Professionalのキャリアパス
日本企業では、社内研修や外部資格などによるオペレーショナル/テクニカルな調達知識の付与と、OJTを通して調達人財を育成する例をよく見かけます。
しかし、第2回で考察したAI時代のSupply Management Professionalには、さらに上位の経営視座と現場の暗黙知への理解のもと、企業固有のMission、Value Proposition、Core、Competitive AdvantageからSupply Managementの戦略へ展開する能力が求められます。つまり、
AIに何を実現させるのか。
どのデータを与えるのか。
何を最適化するのか。
何を制約条件とするのか。
どこまでAIに判断・実行させるのか。
という問いに対して、企業固有の全体最適を志向した判断を導き出す能力が必要となります。
そのためには、体系的知識基盤(Body of Knowledge)が必須となります。
ここに、AI時代のSupply Management人財育成を考える重要なポイントがあります。
8 海外ではSupply Managementは体系化されている
海外の大学を見ると、Supply Chain Management(SCM)、Supply Management、Procurement、Sourcingなどを、学位、専攻、大学院、専門プログラムとして体系的に教育する事例が数多く存在します。
各大学の教育を比較すると、少なくとも三つの展開を見ることができます。
SCMを学位や専攻として体系的に教育していること。
その教育内容にProcurement、Sourcing、Negotiation、Supplier Managementなど、Supply Managementの中核領域まで組み込んでいること。
教育を大学の教室だけで完結させず、大学院、研究センター、企業との共同プロジェクト、インターンシップ、経営幹部教育などへ展開していることです。
例えばMichigan State UniversityではSupply Chain Managementを学部専攻として設けています。Arizona State University(ASU)でもB.S. in Supply Chain Managementを提供し、その教育内容にはProcurement、Negotiations、Strategy Developmentなどが含まれています。
Penn State UniversityではSupply Chain and Information Systemsを学部専攻として設け、Strategic Procurementを正式科目として教育しています。
一方、欧州ではCranfield UniversityがProcurement and Supply Chain Management MSc(Master of Science:修士号)を設置しています。Erasmus University RotterdamのMSc Supply Chain Managementでは、Purchasing and Supply Managementを必修科目、Strategic Sourcingを選択科目として配置しています。
さらに、この動きは欧米だけではありません。
シンガポールではNational University of Singapore(NUS)がMSc in Supply Chain Managementを提供し、Nanyang Technological University(NTU)でもSupply Chain Engineeringを大学院レベルで体系的に教育しています。
つまり、Supply Management/SCMは、個人が企業に入ってから経験だけで習得する領域ではなく、体系的に教育し、研究し、さらに実務へ接続する専門領域として発展していることが分かります。重要なのは、Supply Managementを大学教育、研究、企業実務、さらに専門職教育へと接続していることです。
表1 海外主要大学におけるSupply Chain Management/Supply Management教育の展開例
大学名 | 国・地域 | 学部専攻 | Procurement / Sourcing | Master / Research / Industry |
MIT | 米国 | ― | ― | Master in Supply Chain Management / Center for Transportation & Logistics |
Michigan State University | 米国 | B.S. in Supply Chain Management | SCM 371 Procurement and Supply Management | M.S. in Supply Chain Management / SCM 886 Strategic Sourcing / SCM 472 Experiential Learning with Industry Problems in Supply Chain |
Penn State University | 米国 | Supply Chain and Information Systems | Strategic Procurement | Graduate Programs / Center for Supply Chain Research |
Arizona State University | 米国 | B.S. in Supply Chain Management | Procurement / Negotiation | Graduate Programs / CAPS Research |
Rutgers University | 米国 | Supply Chain Management | Global Procurement and Supply Management / Strategic Sourcing | Graduate Supply Chain Management |
Purdue University | 米国 | Supply Chain and Operations Management | ― | Master’s / PhD in Supply Chain and Operations |
University of Tennessee | 米国 | Supply Chain Management | Global Strategic and Sustainable Sourcing | Graduate Supply Chain Management / Internship |
University of Wisconsin–Madison | 米国 | Supply Chain Management Major | Strategic Global Sourcing | M.S. in Supply Chain Management |
Cranfield University | 英国 | ― | Procurement and Supply Chain Management | MSc Procurement and Supply Chain Management / Industry-oriented Research |
University of Warwick | 英国 | ― | ― | MSc Supply Chain and Logistics Management |
University of Manchester | 英国 | ― | Procurement and supply-related dissertation / CIPS-accredited curriculum | MSc Operations, Project and Supply Chain Management |
Loughborough University | 英国 | ― | Procurement / Supplier Development | MSc Supply Chain Management / MIT SCALE Network / Industry Project |
Erasmus University Rotterdam | オランダ | ― | Purchasing and Supply Management / Strategic Sourcing | MSc Supply Chain Management / Company-based Research Project |
Copenhagen Business School | デンマーク | ― | ― | MSc in Economics and Business Administration – Supply Chain Management / Supply Chain Business Project / Internship |
WU Vienna | オーストリア | ― | Sourcing and Purchasing | MSc Supply Chain Management / Research Institute for Supply Chain Management / Industry Projects |
National University of Singapore | シンガポール | ― | Logistics Operations Planning and Procurement | MSc Supply Chain Management / Research Project or Internship |
Nanyang Technological University | シンガポール | ― | Procurement within End-to-End Supply Chain | MSc Supply Chain Engineering |
※各大学の公式Webサイト・カリキュラム情報をもとにISM Japanが作成(2026年9月確認)。以下は代表例の一部であり、網羅的な一覧ではありません。また、各国・大学によって教育制度が異なるため、学部、Major、Master's、Research Center等を同一の制度として比較するものではありません。大学ランキングを示すものでもありません。
出典:MIT、Michigan State University、Penn State University、Arizona State University、Rutgers University、Purdue University、University of Tennessee、University of Wisconsin–Madison、Cranfield University、University of Warwick、University of Manchester、Loughborough University、Erasmus University Rotterdam、Copenhagen Business School、WU Vienna、National University of Singapore、Nanyang Technological Universityの各公式Webサイト。
9 大学の学位で留まっては、Supply Management Professionalは育たない
他方、サプライヤーとの関係、供給市場、テクノロジー、地政学、規制、物流、品質、Cyber Riskなどは絶えず変化します。したがって、体系的知識も時代の実務とともに継続的に更新されます。
大学 ⇔ 企業
欧米では、大学と企業の双方向の連携を通じて知識を発展させる事例が数多く見られます。
企業で生じた新たな問題が大学へ持ち込まれる。
研究によって分析・体系化される。
その知見が教育や企業実務へ戻る。
そして実務から、また新たな知識が生まれる。
この循環は、実務の中で形成される暗黙知(Tacit Knowledge)と、教育・研究によって体系化される形式知(Explicit Knowledge)との相互作用として捉えることもできます(Nonaka, 1994)。

Supply ManagementというProfessionを支えるのは、知識を継続的に生み出し、人財を育てる「学習のエコシステム」です。
このエコシステムの具体例にCAPS Researchがあります。
CAPS Research(Center for Advanced Procurement Strategy)は1986年に設立され、Arizona State University(ASU)に所属する非営利研究センターであり、Institute for Supply Management(ISM)との連携によって運営されています。
CAPS Researchの特徴は、純粋な学術研究だけを目的としていないことです。
Supply Managementのリーダーを対象に、独自調査、ベンチマーキング、ベストプラクティス、経営幹部向けイベントなどを通じて、企業が実際に直面するSupply Management上の問題を研究しています。
つまり、
企業実務から研究課題が生まれる
↓
研究によって分析・体系化される
↓
知見が企業へ還元される
↓
新たな実務課題が生まれる
という循環です。
これは、大学と企業実務を接続し、体系的知識を継続的に更新する仕組みの一つの実例です。
10 専門職教育 ― 大学からProfessionalへ
供給市場、テクノロジー、リスクは絶えず変化します。したがって、大学で獲得した知識基盤も固定的なものではなく、継続的に更新する必要があります。
これは、変化する環境に応じて企業が能力を統合・構築・再構成していくDynamic Capabilities(動的能力)の考え方とも整合します(Teece et al., 1997)。
ここで重要になるのが、大学教育と専門職教育の接続です。
米国のInstitute for Supply Management(ISM)には、大学生などを対象としたAssociate Professional in Supply Management®(APSM®)があります。
APSM®では、Sourcing、Category Management、Negotiation、Legal & Contractual、Supplier Relationship Management、Cost & Price Management、Financial Analysisなど、Supply Managementの中核領域が対象となります。
APSM®の試験は、CPSM®の第一段階の試験と同一です。APSM®取得後5年以内に残るCPSM®試験に合格することで、CPSM®へ移行できる制度となっています。
つまり、大学在学中からProfessionalとしての体系的知識基盤を形成し、その後の実務経験と、より高度な専門職教育へ接続するキャリアパスを描くことができます。
大学教育とProfessionalのBody of Knowledgeを、キャリアの早い段階から接続する仕組みと捉えることが重要です。
英国のChartered Institute of Procurement & Supply(CIPS)にも、同様に大学教育とProfessionalを接続する仕組みがあります。
CIPSでは、CIPSが認定する大学の学部・大学院課程での体系的な学習も、MCIPS取得につながるルートの一つとなっています。認定大学プログラムを修了し、所定の実務経験などの要件を満たすことでMCIPSへ申請することができます。
実際にCIPSは複数の大学の学部・大学院プログラムを認定しており、例えばUniversity of BristolのMSc Global Operations and Supply Chain Managementでは、CIPS認定大学プログラムの修了と3年以上のProcurement and Supply分野での実務経験がMCIPS申請要件として示されています。
ISMやCIPSの資格を推奨することが本稿の目的ではありません。
注目すべきなのは、高等教育と専門職教育を分断せず、体系的知識基盤を形成し、実務経験を重ねながらProfessionalとして継続的に能力を高めていくキャリアパスが制度化されていることです。
Supply Managementを単なる「配属後に覚える仕事」ではなく、一つのProfessionとして育成する。そのための仕組みが構築されているのです。
11 AI時代、日本のSupply Management人財育成はこのままでよいのか
ここまで海外の調達人財の育成形態を見てきた理由は、欧米の制度をそのまま日本へ導入すべきだと主張するためではありません。
問題は、用語、手法、実務手順などオペレーショナル/テクニカルな知識を習得し、その後、配属先でOJTと実務経験を積みながら専門性を高めていく日本型の人財育成で、戦略的意思決定を支えるAIを設計できる能力にまで到達できるのか?ということです。
第8~10節で見てきた海外のキャリアパスを要約すると、次のようになります。
経営視座も包含する体系的知識を学ぶ。
企業で実務経験を積み、暗黙知を蓄積する。
継続的な専門学習によって、キャリアを通じて能力を更新する。
つまり、企業経営、供給市場、生産管理、財務、リスクマネジメント、テクノロジーなどを横断してSupply Managementを支える知識基盤を形成し、それを実務の中で更新していくキャリアパスです。
AI時代には、この違いがこれまで以上に重要になる可能性があります。
12 AIが広げるのは「知識量の差」ではなく「創造力の差」
AIによって、用語を知っていることや、定型的な分析ができること自体の希少性は低下していきます。
しかし、第2回で論じたように、企業固有の競争優位から導かれる独自の最適化は、AIだけでは決まりません。
戦略上の複数の目的には、トレードオフがあります。
したがってAI時代に重要になるのは、個々の用語や手法を知っていること以上に、
経営視座と現場を理解したうえで、自社の競争優位から全体最適を判断し、その判断基準をAIへ実装できる能力です。
AIが優れた道具になればなるほど、それを導くProfessionalの能力差が、成果の差として増幅される可能性があります。
AIが知識へのアクセスを民主化する一方で、Professionalの能力の差は、むしろ重要になるのです。
13 日本企業に必要なのは、Supply Managementのキャリアパスの再設計である
日本企業に必要なのは、従来型の人財育成を、
体系的知識基盤(Body of Knowledge)
↓
OJT/暗黙知
↓
戦略的判断
↓
AIを活用した企業固有の全体最適
へ拡張することです。
重要なのは、Supply Management Professionalに、この循環を継続的に与えることです。
そのためには、大学・大学院、研究機関、Professional Body、経営幹部教育、外部資格などを、企業の人財育成体系の中へ選択的に組み込めばよいでしょう。
そして、自社の人財育成を少なくとも三つの視点から点検する必要があります。
① Supply Management人財に求める体系的知識基盤を定義しているか?
② OJTで蓄積される企業固有の暗黙知と、体系的知識を結び付けるキャリアパスがあるか?
③ AIを「使える人」ではなく、AIの目的、データ、制約条件、評価基準を設計できるProfessionalを育成しているか?
AI時代に日本企業が世界で競争していくうえで、Supply Management Professionalの能力は、これまで以上に重要な成功要因になろうとしています。自社のキャリア開発がグローバル水準に達しているか、いま一度見直す必要があるのではないでしょうか。
Conclusion
AI時代、日本企業に必要なのはProfessionalの育成である
本連載では、Supply Managementを単なる調達購買活動としてではなく、企業の競争優位から考えてきました。
そして第3回では、そのSupply Managementを担うProfessionalをどのように育てるのかを、海外の大学教育、企業実務、研究、専門職教育から考察しました。
そこから見えてくるのは、日本企業の課題は、人財育成の構造そのものにあるということです。
用語や手法などオペレーショナル/テクニカルな知識を学び、OJTで実務経験を重ねる。
これは今後も必要です。
しかし、それだけでは、企業のMission、Value Proposition、Core、Competitive AdvantageからSupply Managementの戦略を構想し、AIへ与える目的、データ、制約条件、評価基準を設計するところまでは容易に到達できません。
AI時代に必要なのは、経営視座を包含する体系的知識基盤と企業固有の暗黙知を結び付け、AIを自社の戦略へ最適化できる能力です。
それらは、「学習のエコシステム」の中で形成されていきます。
第1回で提示した、
体系的知識基盤 × 職場の暗黙知
とは、まさにこのことです。
両者を統合できるProfessionalが、AIを企業固有の競争力へ変える。
AIによって各社が利用できる情報や分析能力が次第に均質化していけば、企業間の差を生み出すのはAIそのものではなく、誰が、どのような体系的知識と暗黙知をもってAIを導くのかという点になるでしょう。
AI時代の競争優位は、AIの性能差以上に、それを導くProfessionalの能力差によって左右される。
三回にわたる本連載の問い、
「企業の競争優位は、なぜSupply Managementで決まるのか」
に対する、AI時代の一つの答えがここにあります。
References
CAPS Research. (n.d.). About CAPS Research. https://capsresearch.org/about-caps-research/
Chartered Institute of Procurement & Supply. (n.d.). University of Bristol. https://study.cips.org/countries/united-kingdom/bristol/university-of-bristol/
Institute for Supply Management. (n.d.). APSM® Associate Professional in Supply Management®. https://www.ismworld.org/certification-and-training/certification/apsm-supply-management-certification/
Nonaka, I. (1994). A dynamic theory of organizational knowledge creation. Organization Science, 5(1), 14–37. https://doi.org/10.1287/orsc.5.1.14
Teece, D. J., Pisano, G., & Shuen, A. (1997). Dynamic capabilities and strategic management. Strategic Management Journal, 18(7), 509–533. https://doi.org/10.1002/(SICI)1097-0266(199708)18:7%3C509::AID-SMJ882%3E3.0.CO;2-Z
執筆者
久原 勇作
NPO日本サプライマネジメント協会 代表理事
MBA CPSM MBCI 中小企業診断士他
日系大手企業にて国際提携, マーケティング(含むWebマーケティング), 統計的品質管理, 調達及びリスクマネジメント等の要職を歴任。専門的な体系的知識と実践の両輪が機能するキャリアデベロップメントを支援している。
MBAインストラクターを兼職:担当はCorporate Finance, Marketing, Leadership Management
コンサルタント専門は経営管理、人材育成、サプライチェーンマネジメント、事業継続マネジメント、リスクマネジメント、マーケティング
他にも読まれている記事
研究会・インサイト
調達幹部必見|7社の実務知で解く “強い調達組織”のつくり方 ISM Japan「調達スキル・ベンチマーキング研究会」から見えた共通課題と改革の方向性|全3回(その2)
#調達戦略
#組織改革
リスク・レジリエンス
調達BCPを「計画」から「経営のレジリエンス」へ ――見えないTier Nを捉え、変化に対応できるサプライチェーンをつくる|全3回(その3:最終回)
小山 元
#レジリエンス
#リスクマネジメント
#SCM
組織・人材育成
企業の競争優位は、なぜSupply Managementで決まるのか ― AI時代の大学教育とCPSM®から考える競争戦略 ―(最終回/連載3回)
久原 勇作
#グローバルスタンダード
#AI
#組織改革