
原子力サプライチェーンに見る、消えかけた供給網をどう立て直すか(その1)――再稼働の裏で細る供給網
臼井 健一
本稿は全3回シリーズの1回目です。今回は、再稼働が相次ぐ原子力発電所の裏側で、静かに損なわれてきたサプライチェーンの実態と、その背景にある政策転換を解説します。
再稼働ラッシュの裏で問われる「供給網の耐久力」
2026年4月、東京電力ホールディングスの柏崎刈羽原子力発電所6号機が営業運転を再開した。2025年7月には北海道電力・泊発電所3号機の再稼働も認可され、2025年1月には中国電力・島根原子力発電所2号機が約13年ぶりに営業運転を再開するなど、東日本大震災以降、長らく停滞していた原子力発電所の稼働が、この1〜2年で目に見えて動き始めている。原子力規制委員会や業界団体の集計によれば、震災前に運転していた商業炉54基のうち、事故後に24基の廃炉が決定した一方、新規制基準のもとで再稼働を果たした炉は2026年2月時点で累計15基にのぼるという。原子力の設備利用率も、稼働がほぼゼロまで落ち込んだ2010年代前半から、2025年には約34%まで回復してきたとされる。震災前の7割前後にはまだ届かないものの、着実に上向いていることがうかがえる。
しかし、この「再稼働ラッシュ」は、原子力サプライチェーンが健全であることを意味するものではない。むしろ実態は逆で、長期にわたる新設・稼働の空白期間を経て、供給網そのものの耐久力が大きく損なわれかけている。原子力産業は、プラント・機器の製造やメンテナンスだけでも年間1兆円規模、部品点数にして約1,000万個ともいわれる巨大な裾野産業であり、特殊鋼、大型鍛造品、溶接、非破壊検査、計装制御など、代替の利かない専門技術を持つ多数の中小サプライヤーによって支えられてきた。しかも、原子力向けの部材には、耐放射性・遮蔽性・気密性や高い耐震性に加え、保守・トラブル対応を確実に行うための高度なトレーサビリティが求められるなど、一般産業品とは一線を画す品質管理が要求される。この供給網が今、静かに、細りかけている。これは電力会社やプラントメーカーだけの問題ではなく、「1社調達(シングルソース)にどこまで頼るか」「代替困難な技術をどう社内外に残すか」という、あらゆる業界の調達BCP・レジリエンス強化に通じるテーマである。
政策の大転換:GX脱炭素電源法という分水嶺
原子力を取り巻く政策環境は、2023年を境に大きく転換している。同年5月に成立した「GX脱炭素電源法」は、電気事業法・原子炉等規制法・原子力基本法など5本の関連法をまとめて改正するもので、震災後に導入された「原則40年、最長60年」という運転期間のルール自体は維持しながらも、規制委員会の審査対応や訴訟対応で止まっていた期間をカウントから外すことにより、実質的には60年を超えて運転を続けられる仕組みへと変わった。あわせて、次世代革新炉の開発・建設や原子力産業基盤の維持・強化への支援を、国の責務として法律上明確に位置づけた点も大きな変化である。震災後、原子力政策は「できる限り依存度を低減する」という基調が長く続いていたが、この法改正によって、新設・リプレースを含めた活用拡大へと舵が切られた。
この方針転換の背景には、電力の安定供給と脱炭素の両立という課題に加え、ロシアによるウクライナ侵略以降に強まったエネルギー安全保障上の懸念があるとされる。政府は2023年末に「GX実現に向けた基本方針」を閣議決定し、再生可能エネルギーと原子力を組み合わせた脱炭素電源への転換、GX経済移行債やカーボンプライシングによる投資支援を打ち出した。一方で、運転期間の延長や次世代炉支援策の妥当性については、福島第一原発事故の教訓を踏まえた十分な検証が必要だとする指摘も研究者から出ている。政策の是非については立場によって評価が分かれるところだが、少なくとも調達購買の観点から見れば、これは需要見通しの「潮目」が変わったことを意味する。国の政策方針が中長期の投資判断に直結する原子力産業だからこそ、サプライヤー側もこの転換をどう捉えるかが問われている。
サプライチェーンの脆弱性:静かに進む供給網の目減り
日本原子力産業協会の調査を基にした2022年時点の報道によれば、福島第一原発事故があった2011年以降、約20の企業が原子力部品の製造事業から撤退したとされる。同時点の集計では、2012〜2018年度までの累計撤退が10社にとどまっていたのに対し、2019・2020年度はそれぞれ5社ずつが撤退しており、当時すでに撤退ペースが加速していたことがうかがえる。これらの数値はあくまで2022年時点のものであり、その後も再稼働の遅れや新設の空白が続いたことを踏まえれば、2026年現在はさらに状況が厳しくなっている可能性もある。
供給網の目減りは、企業数だけでなく「人」の面でも顕著だ。資源エネルギー庁の資料によれば、大手メーカー14社における原子力関連の技能職従事者数は、2010年から2020年ごろにかけて約45%も減少したとされる。設計・製造・品質管理に携わる人材も約21%、研究開発人材も約17%減少しており、とりわけ大型設備の製造に欠かせない溶接工・組立工・機械工など、長年の経験がものを言う技能職の減少が著しい。プラントの長期停止によって運転・保守作業の実地経験を積む機会そのものが減っており、電力会社側でも人員を稼働プラントと未稼働プラントの間で融通したり、研修を通じて技術力を維持したりする対応を取っているという。要素技術を持つ中核サプライヤーや熟練技能者が姿を消せば、同じ技術水準を国内で新たに見つけることは極めて難しい。実際、大型鍛造品のように日本が国際的な強みを持ってきた分野でも、国内受注の低迷と中国など海外勢の国産化進展を背景に、競争力の維持が課題になっているとの指摘がある。
供給途絶が現実になった例もすでに存在する。ある原子力発電所の機器で使われる駆動用モーター(電動アクチュエーター向けのDCモーター)は、それを手がけていたメーカーが2022年に生産を打ち切ってしまったという。この事案では、国の補助制度(原子力産業基盤強化事業)を通じて開発体制と供給網を新たに組み直し、時間はかかったものの最終的に発電所への納入までこぎつけたとされる。裏を返せば、代替の製造メーカーを一から見つけ出し、必要な認証・品質保証を整えて実際にプラントへ納入するまでには、国の支援を投入してもなお相応の時間と労力を要したということでもある。これは、代替の利かない部品ほど、供給が途絶えてから対応するのでは間に合わず、事前にリスクを可視化し、複数の調達先や製造手段を確保しておく必要があることを物語る事例といえる。
この状況に対し、2022年の報道によれば、三菱重工業は当時、撤退した企業が持っていた設計図面を引き継ぎ、自社工場での製造や工具製作に切り替える対応を進めていたとされる。あわせて、その部品を新たに任せられる協力会社の開拓も並行して行っていたという(その後の進捗は本稿執筆時点で確認できていない)。これは、まさにBCPにおける「代替調達先の確保」と「重要技術の内製化・技術移管」を同時に行う典型的なリスク対応であり、発注元企業が単なる調達先管理にとどまらず、供給網そのものの維持に踏み込まざるを得なくなっている現実を示している。発注元が自ら製造や技術移管を肩代わりするというのは、平時の調達戦略としては決して効率的とは言えない。それでもなお選択されているという事実自体が、代替調達先を探すコストと、供給が完全に途絶えるリスクを比較したときに、後者のほうがはるかに大きいと判断されていることの表れだろう。なお、2021年に日本原子力産業協会が原発関連サプライヤーを対象に実施したアンケート調査では、原発建設に対応するために必要な社内の準備期間を尋ねたところ、60社を超える企業が「1年程度あれば対応できる」という趣旨の回答を寄せており、当時の時点ではまだサプライチェーンが機能していることを示す結果も出ていた。裏を返せば、「まだ持ちこたえているうちに手を打てるかどうか」が、この産業のレジリエンスを左右する分岐点だったと言える。震災から15年が経過しようとする今、当時の余力がどこまで残っているかを改めて検証する必要があるだろう。
ここまで見てきたように、再稼働が進む一方で、原子力サプライチェーンは撤退企業の増加、技能職の減少、供給途絶の発生といった課題に静かに直面してきた。こうした状況に対し、国と民間企業はどのような手を打っているのか。次回「その2」では、国のプラットフォーム施策や補助金制度、民間企業による具体的な供給網再構築の取り組み、そして海外市場への展開という活路について見ていく。
主な参考情報
自然エネルギー財団「原発の再稼働状況」(2026年4月)https://www.renewable-ei.org/activities/column/REupdate/20260424.php
可視化pedia「日本の原子力発電の動向」https://kashikapedia.com/nuclear-trend/
日本経済新聞「GX脱炭素電源法が成立」(2023年5月31日)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA307UX0Q3A530C2000000/
日本原子力産業協会 理事長コラム https://www.jaif.or.jp/mes/message/president_column161_250605
京都大学大学院経済学研究科 再生可能エネルギー経済学講座コラム https://www.econ.kyoto-u.ac.jp/renewable_energy/stage2/contents/column0382.html
電気新聞「原子力サプライチェーンの現状」(2022年3月24日)https://www.denkishimbun.com/sp/189791
資源エネルギー庁「革新炉ワーキンググループ資料」(2022年11月2日)https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/genshiryoku/kakushinro_wg/pdf/006_03_00.pdf
資源エネルギー庁「人材確保に関する説明資料」(2025年9月24日)https://www.enecho.meti.go.jp/category/electricity_and_gas/nuclear/001/event/humanresource/250924/20250924_HRC01_02.pdf
ニュースイッチ「原子力サプライチェーンに関する調査」(2022年11月16日)https://newswitch.jp/p/34691
※本記事は、経済産業省・資源エネルギー庁、日本原子力産業協会、原子力規制委員会等の公開資料および報道情報をもとに、独自の視点で構成・執筆したオリジナル記事です。
執筆者
臼井 健一
NPO日本サプライマネジメント協会 理事 / 事務局長
1990年、東京電力株式会社入社。工務、企画、事業開発、技術業務革新、資材調達など、多岐にわたる事業領域で専門性を培う。国際調達および火力・水力・原子力発電設備の調達分野において、管理職・プロジェクトリーダーとして長年にわたり数々の調達改革を牽引。2025年、東京電力ホールディングス株式会社を定年退職。現在、NPO日本サプライマネジメント協会にて調達人材の育成とサプライマネジメント領域の高度化を推進中。M.Sc. (工学修士)
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